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「基礎シリーズ」のリニューアルの話

刊行を続けてきた「基礎シリーズ」をリニューアルし、主な言語のラインナップを揃え、装幀も新しくすることになった。言語仕様の更新や開発環境の変遷も激しいので、内容面の見直しはもちろんだが、今回は装幀の話をコンピューターテクノロジー編集部部長(元編集長)の山本がお話ししようと思う。

イヌのいるデザイン事務所

「基礎シリーズ」のリニューアルについては、細山田デザイン事務所のデザイナー、米倉英弘さんに相談した。この事務所は、エディトリアル分野で幅広く活躍していて、衣食住などライフスタイル全般に関わる雑誌・書籍から、ビジネス書・実用書まで、幅広く手がけている。25人ほどのスタッフがいるらしい。じっさいに何度かオフィスにお邪魔したが、居心地はとてもよかった。

居心地? そう、1階がカフェになっていて、街に向かって開いている感じで、実際に散歩途中の人がお茶を飲みに入ってきたりする。そこで打ち合わせしていると、代表の細山田さんとよく似たワンちゃんが挨拶に来てくれたり・・・。インプレスの関連で言えば、グループ系列の「山と渓谷社」による月刊誌『山と渓谷』の表紙も、ここの代表、細山田光宣さんのデザインである(細山田デザインに興味のある方は、ぜひ朝日新聞の「好書好日2021.09.19」を覗いてみてください)。

さて、技術書の入門書の企画をクリエーターさんに説明するのはなかなか難しい。プロ向けの技術書ならば、「これは内容が難しく、価格も高めなので、重厚なイメージで」など、比較的に悩まずに方向性を語ることができるのだが、まったくの初心者向けの本となると、そうはいかない。

グラフィックデザインを職業とする人たちは、普通はコンピューターのプログラムを書いたりはしないから、入門書といえども、編集部の説明だけで、具体的な内容や読者対象のイメージをつかむのは、骨の折れる厄介な作業だろう。米倉さんの先には、イラストレーターさんと、本文のデザイナーさんという、最低でも二人のクリエーターさんがいる。感覚的、直感的な人々で、趣きや佇まいや風合いを重視するだろうし、それが真髄なのだから、プログラムのような文字、記号、式の集積世界とはほど遠い。Visual Basic 、Python、C言語のそれぞれの違いを、やさしいイラストで表現してほしい、などというリクエストをしても、意味をなさないだろう。

では、米倉さんに書籍内容をどうやって説明すればいいのか。当時編集長だった私は、
「具体的な書籍企画は、このあと担当のAくんから説明しますが、基礎シリーズの表紙については、技術と人間という、かなりアバウトなテーマでどうでしょうか」
と、まずは大上段な構えで話を切り出した。米倉さんは怪訝な表情を浮かべたかも知れないが(少なくとも内心では怪訝だったろう)、こちらも切り出した以上、そのまま突き進む。

「つまりですね、Visual BasicとPythonとC言語の違いを、やさしいイラストで表現してほしいとか言っても、みなさん困ってしまうでしょう? 技術っていうのは・・・」と、ある哲学者の受け売りを、ペラペラとしゃべった。内容は後述するが、傾聴に値する見解であっても、受け売りを口先で語っているニンゲンは、ハタから見ると薄っぺらに映るものだ。相手はアンテナの鋭い米倉さんだから、そういうのはすぐに伝わる。同席した編集部のAくんも、私のことを軽薄に思っていたに違いない(笑)。

話の枕が終わって、担当のAくんは、リニューアル第1号である『基礎Visual Basic 2019』の企画主旨、対象読者、構成などについて、淡々と説明をはじめた。もっとも、彼が企画をていねいに説明したところで、「“技術と人間”というテーマのやさしいイラスト」をどのようなものにすれば対象読者の目にとまるのか、という点はやはりハードルが高い。しかし、米倉さんはこちらの意図を少しでも汲むべくプロフェッショナルぶりを発揮し、本シリーズのために芦野公平さんという、優秀なイラストレーターさんを選んでくれた。この人選が決め手だ(芦野さんのお仕事はこことかこちらとか、クリックしてご覧ください)。

技術と人間と技術書と

「技術と人間」などという大仰なテーマを、苦し紛れとはいえなぜ持ち出したかというと、たまたま『技術の正体』(デコ社刊)という少し話題になった小さな本に、私が個人的にちょっとだけかかわったからだ。それがアタマにあった(結局、アタマにないものは、口先から出てこない)。デコ社は友人がやっている小出版社で、哲学者の木田元さんがかつて書いた「技術の正体」という短いエッセイを、英文対訳で刊行しようという企画があり、ふさわしい英訳者を探していた。私には英訳者の知り合いなどいなかったが、幸い多少のツテがあった。結果、本が無事に出来上がった。ここでも人選が決め手だ。

英文対訳『技術の正体』は、天声人語(2014年8月19日、朝日朝刊)や『本の雑誌』をはじめ、多くの新聞・雑誌の書評欄で取り上げられた。ドイツ文学者の池内紀さんも、『山と渓谷』の書評欄1ページを割いて、同書を紹介している(2015年9月号『山と渓谷』、165ページ)。

技術は人間の理性が生み出したものだと教えられることが多く、それに従えば、人間は技術を理性によって管理できるという結論になりがちだ。ふだん、私たちもなんとなくそんな期待を抱いて暮らしている。しかし、木田元さんはそのエッセイで、ちょっと順序が違うんじゃないのか、と反論する。

「原人類から現生人類への発達過程を考えれば、そうとしか思えない。火を起こし、石器をつくり、衣服をととのえ、食物を保存する技術が、はじめて人間を人間に形成したにちがいないのだ」

人間は約260万年前に石器を使い出した。そういう初期の技術の時代、つまり石器時代が約250万年ばかり続く。それでもってようやくモノに印をつけて数をかぞえたり、コミュニケーションのための合図やら、発声による初期のコトバを使い出したのが、7万年前あたりじゃないかと言われている。そこから最古の文字だか記号だかを生み出すまでには、さらに数万年はかかっている(先史時代を数行にまとめました。もちろん、種々の書籍やネットの受け売り。一応、何度か書き直したけど、私にはこれが限界)。

要するに、技術は理性に250万年も先行して出現していて、そんなこんなで技術に技術を重ねていくうちに、その過程で人間の理性が産み出されて磨かれてきた。だから、技術というのはちょっと得体の知れないものなのだ。したがって、理性で技術を管理できるというのは、極めて危険な考え方。技術は不可思議なもの、人間はもっと畏怖をもって技術に接しならなければならないのではないのか、と木田さんは語る。木田さんが同書の刊行を望んだのは、アジアの青年たちに思いを伝えたかったから、とデコ社の友人からは聞いている。2014年8月に他界した哲学者木田元の、最晩年のリクエストだったという。

さて、装幀の話から、かなり脱線してしまったが、編集業は受け売りが商売なので(著者から原稿を受け取り、それを売るのが本業です)、ご勘弁ください。

思えば、「技術と人間」というテーマに対して、イラストレーターの芦野さんは、ひとがいて、半世紀以上前のコンピューターのような機械があって、それらにも目や口があって・・・という絵を描いてくれた。リニューアル第1号『基礎Visual Basic 2019』のキービジュアルの誕生だった。

今年(2022年)5月刊行の『基礎 C言語』のカバーでは、人が真ん中に大の字になっていて、わずかに表情のあるオブジェクトが、その周りに散らばっている。6月刊行『基礎 Visual Basic 2022』では、昔のSF漫画に出てくるような宇宙船が飛んでいく・・・ちょっとレトロだ。

実際のカバーでは、タイトルが被っているので、元のイラストの全体像を見ることができない。だから、こうやって、最近の2点をお披露目することにした。技術書を作りながら、技術とはなにか、ということも、たまには考えている。受け売りであっても、何も考えないよりはたぶんマシだろう。少し言い訳がましいのだけれど。

コンピューターテクノロジー編集部 元編集長
山本陽一

基礎C言語

基礎 Visual Basic 2022


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