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【編集者の書棚から】特別編「2023年で印象に残った一冊」part2

出版社は本好きの集まり。この「編集者の書棚から」では、毎回3人の社員が、いち読者として最近手に取った書籍を紹介していきます。「書棚を見ればその人がわかる」とよく言われるとおり、インプレス社員の人となりが垣間見えるかも(?)なマガジンです。今回は特別編として、社員の「2023年で印象に残った一冊」を取り上げています。

今回ご紹介するのは、『世界でいちばん透きとおった物語』『「いき」の構造』『天路の旅人』の3冊です!

紙の本でしか味わえない読書体験

昨年メディアでも取り上げられて話題となった小説で、「“電子書籍化絶対不可能”&“ネタバレ厳禁”」というキャッチコピーに惹かれて読んだところ、本当にとんでもない内容で衝撃を受けました。

ストーリーとしては、とある青年が小説家である父親の遺作を巡って、様々な人たちと出会うヒューマンドラマとなっていて、しっかり感動できる内容で面白かったです。ただ、その物語を演出するうえで、本書はとあるギミックが仕組まれているんです。キャッチコピー通りネタバレは絶対にNGなので伏せますが、それが明かされた瞬間、恐ろしい衝撃を味わえます。

編集者目線だと「これは絶対に担当したくないなぁ」と思う反面、この本を作り上げた作者と編集者に敬意を覚えるくらいです。「とりあえず読んでみて!」としか言えないのですが、紙の本ならではの読書体験になっていて、色々な可能性を感じる1冊でした。ある程度ギミックを予想しても、それを軽く上回る内容になっているので、気になった方はぜひ読んでもらいたいですね。(編集部・大野智之)

これであなたも粋な人

火事と喧嘩は江戸の華といいますが、粋といなせは江戸っ子の魂なのだそうです。野暮と化物とは箱根より東に住まぬことを誇りとした、江戸っ子が尊ぶ「いき」とは何か。
ドイツでハイデッガーに直接学んだ九鬼が、西洋哲学の手法で考察します。

こう聞くと何やら難しそうですが、「ほっそりした柳腰で細面がよい」「西洋人のブロンドはけばけばしい」「柄は縞、色は灰色ほど適切なものはない」など、それは九鬼さんの好みなのでは? と言いたくなるようなことを大真面目に論じています。そして、まんまと納得させられます。

「運命によって〈諦め〉を得た〈媚態〉が〈意気地〉の自由に生きるのが〈いき〉である」という結論は何を言っているのかさっぱりですが、これを六面体で表したものが表紙の図です。甘すぎず渋すぎず、派手からず地味からず、どちらかに振れない中庸にあるものが「いき」。
ちなみに「きざ」は、派手と下品とを結ぶ直線上にあるそうです。他にも「さび」「雅」「いろっぽさ」なども、この六面体で説明できます。

約100年前に書かれ、玄人相手の関係を前提としていますが、「いき」のエッセンスを教えてくれる一冊です。(編集部・藤森まいこ)

実在の日本人諜報員を描いた旅文学

2023年に読んだ本から一冊を選ぶなら、沢木耕太郎著『天路の旅人』を挙げたい。第二次大戦末期、中国大陸の奥地からインドにまで潜入して諜報活動を行っていた日本人、西川一三の旅と人生を描いたノンフィクションである。

戦時下の大陸で情報部員となった西川は、当時の東條英機首相から中国潜入の特命を受ける。その後日本は敗れたが、西川の諜報活動はそこで終わらなかった。命じられている地図や地誌の作成任務を放棄せず、外務省からの援助も途切れた状態で西川は旅を続行する。
戦後の中国で日本の諜報員だと発覚するのは命取りだったはず。ラマ僧に扮して潜行をつづける西川は、何度も死線をさまよいながら中国奥地へと進んでいく。まさに「天に導かれた旅」である。

そんな西川が、帰国後に盛岡で商店主としてひっそり暮らしていたというのも驚きだ。沢木は25年ほど前に西川の存在を知り、西川本人の手による膨大な原稿を読み解き、さらに1年以上にわたり毎月盛岡に赴きインタビューを積み重ねて本書を書きあげたという。「人に歴史あり」と言うが、こんな壮絶な体験をもつ人物が最近まで私たちと同じ市井の人だったとは信じられない(西川は2008年に没した)。

旅文学の金字塔『深夜特急』の洗礼を受け日本を飛び出した経験をもつ私と同年代の人なら、きっと未踏の境界への興奮や不安がよみがえるはずだ。たとえ『深夜~』を知らなくても、毎日に飽き足りなさを感じるのなら、本書に描かれた西川一三の稀有でスリリングな旅路を追体験してもらいたい。(編集部・藤井貴志)

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