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【編集者の書棚から】特別編「2023年で印象に残った一冊」part1

出版社は本好きの集まり。この「編集者の書棚から」では、毎回3人の社員が、いち読者として最近手に取った書籍を紹介していきます。「書棚を見ればその人がわかる」とよく言われるとおり、インプレス社員の人となりが垣間見えるかも(?)なマガジンです。今回は特別編として、社員の「2023年で印象に残った一冊」を取り上げています。

今回ご紹介するのは、『イェール大学集中講義 思考の穴』『台所から北京が見える』『キリエのうた』の3冊です!

バイアスによって誰もが不合理になることを再認識できる

2023年10月頃に書店で見かけ、ジャケ買いして積読していた1冊です。読者が表紙に惹かれる書籍は、編集者の視点から見れば、考えておきたいフックの1つです。

私たちが日々下している決断の数は、1時間につき約2,000とも、1日あたり約35,000とも言われています。訳者も巻末で「それだけの決断を1日も欠かさず下してきたのであれば、論理的思考はそれなりに備わっていると思いたい」と述べていますが、まさにその通りです。本書の狙いは、論理や理性の「穴」と、その対処法を知ることで、論理的思考を高めることにあると読めました。人間の脳が潜在的に抱えている思考のクセやワナについて、いくつもの実験や事例を元に解説されており、翻訳も読みやすいです。ChatGPTなどのAIが身近になっている今、人間ならではの思考を知っておくことは悪いことではないと思います。

また、さまざまなバイアスや思考が、今の世相を表していると著者は述べています。著者は普段学生に接しており、「私たちはそろそろ『やればできる』の精神をことさらに称賛する文化について考え直すべきではないだろうか」と、世代間ギャップについても記しています。

私自身、心理学や行動経済学関連の本が面白くて何冊か読んだことがあるので、本書で解説されているバイアスや思考の仕組みについて、どこかで読んだことがある内容だったり、経験上知っていることもありましたが、事例が豊富で整理されて構成されているので、改めて気づかされることがありました。(編集部:寺内元朗)

何かを始めるのに遅すぎることはない

36歳から中国語を学び始め、40歳で中国語通訳者となった長澤信子さんのエッセイです。

専業主婦だった彼女が、「将来子育てが終わった後の生きがいを見つけたい」という思いから中国語学習に出合い、猛勉強の末、通訳・ガイドとして活躍するまでの日々の様子が生き生きと綴られています。

今のように便利なデバイスも無ければ、中国との国交回復前で満足な教材すら無かった1969年当時。周囲に無理だと言われながらも、家事・育児と勉強を両立させ、認知症の母親を介護し、さらに学費工面のために准看護師の資格を取得すると、中国文学を学ぶために40代で大学にも入学。そんな長澤さんの意志の強さと行動力に圧倒されつつ、「何かを始めるのに遅すぎることはない」と背中を押してもらえるような一冊です。

いつも三日坊主で、「時間が無い」と言い訳しながら気がつくとスマホを何時間も見ている……。そんな自堕落な私ですが、長澤さんの姿勢を見習って、まずは週1回のジム通いから継続させていきたいです。(編集部:小野寺淑美)

歌が人をつなぎ、生きる力を与える感動の物語

『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』などの作品が知られている映画監督、岩井俊二による小説です。小説の発売から約3か月後の2023年10月には、アイナ・ジ・エンドが主演を務める映画も公開されました。

主人公のキリエは、新宿駅南口の路上で弾き語りをしている住所不定のシンガーソングライター。ひとたび歌い始めると多くの人を惹きつける歌声を持っていますが、歌うとき以外はうまく声が出せません。そんなキリエの歌声に、イッコと名乗るゴスロリのような服装をした変わった風貌の女性が足を止めるところから、物語は始まります。舞台は新宿、石巻、大阪、帯広。一見ばらばらに見えるいくつもの物語がキリエの歌を中心に繋がっていく構成に、すぐに引き込まれてしまいました。

この物語の登場人物は皆、運命に翻弄され、傷を負っています。キリエ以外の登場人物たちもまた、表には出せないものを抱えて、それぞれの形で言葉を失っているのです。キリエの歌の力が、そんな彼らを繋ぎとめ、前を向いて歩いていくための力を与えていきます。

何かに思い悩んで上手く前に進めなくなったときに、心の支えになってくれる作品だと感じました。(編集部:三栗野スミル)

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