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【ゆるりと巡る大人の社会科見学 #5】40年続く製本と修理の工房。よみがえる本と思い出

お気に入りの本はずっと大切にしていきたいものです。繰り返し読んでぼろぼろになってしまった本、年月が経って傷んでしまった思い出の本、今回はそんな本たちを修理・修繕されている工房、「製本工房リーブル」へお邪魔しました。製本工房リーブルは東京水道橋駅近くのビルの一画にあります。工房の扉を開けると、修理を待つ本や、製本に使う古道具、そしてたくさんの資材がお出迎え。なごやかな雰囲気の中で代表の岡野さんに工房の設立についてのお話から伺いました。

個人が趣味で本をつくる時代がやってきた

製本工房リーブルの開業は1980年。1978年、渋谷に東急ハンズができ、そこに趣味のための製本資材を置いてほしいという依頼があったことで、機械用の製本資材を扱う会社の手製本事業部として設立されました。

「当時、手製本という言葉は全然なじみがなかったのですが、これからは個人が趣味で本を作る、そういう時代になるのかなということで、ここに開設することになりました」と当時の心境をお話しくださいました。

製本はヨーロッパでは昔からごく一般的な工芸のひとつで、多くの人が趣味としてたしなんでいたそうです。最近では日本でも製本にまつわる書籍、絵本などもたくさん見られるようになりました。岡野さんが見せてくれた製本をテーマにした絵本の1冊は私も持っていました。

教室を開講すると問い合わせが殺到

東急ハンズに開講した製本教室はテレビの取材をきっかけに、たちまち人気となったそうです。製本教室の様子が取材され、番組が放映された翌日から受付の電話が朝から晩まで鳴りっぱなしだったとのこと。

「それまで本といえば製本会社が機械で作ったものを買うという意識しかなかったと思うんですが、それが手作業でできるっていうカルチャーショックみたいなものもあったと思います。本が好きな人は多いですが、自分で作れるというのが魅力的に感じてもらえたんだろうなと」

教室の受講者はそのテレビ放映をきっかけに5倍以上に増えたそうです。

このように当時から手製本に対する世の中の関心も高かったそうですが、最近、教室では修理をしたいという人がすごく増えているそうです。ここ10 年くらいは修理の依頼もとても多いとのこと。
そのため、現在修理依頼はなんと2年待ち。思い入れのある本はいつまでも読み続けたいですよね。たとえ、同じものが売っていたとしても、思い出のつまった本とは比べられません。

先日も図書館から修理講座を依頼され講座を開かれたという岡野さん。出張で各地に行かれることがあるそうですが、講座の難しさについてもお話ししてくださいました。まず、本の修理というのは専門的な技術、そしてものによっては長い時間が必要です。

「実際に修理をやってみたいと思っても、1冊修理するのに簡単なもので1時間ぐらい、複雑なものになると数時間、あるいは数週間と時間がかかります。なので、それを1日講座でやろうとすると難しい。講演や実演だけでしたらお受けしますが、実習は難しいですとお断りしています」

本を修理するといっても、本によってつくりや素材も違う。さらには壊れ方もさまざまなので、あらゆる知識と技術、時間が必要です。製本の知識と技術があって初めて修理もできるというお話を聞いて、あらためて専門性の高さに気づかされました。

そして修理例もたくさん見せていただきました。たとえば、破れてしまった紙を別の紙で継ぐときは、つなぎ目部分を手でちぎって、紙の繊維を出すとのこと。そうすることで継いだ部分との段差がなくなります(さわってみましたが本当に継ぎ目がわかりませんでした)。
やりがちでNGな修理例として挙げられたのは「セロハンテープ」。身に覚えのある方も多いと思いますが、経年劣化でシミが付いてしまううえ、それをはがそうとするとさらに本を傷めてしまいます。

意外と知らない紙の目の話

では専門的な知識とはたとえばどんなものなのか……、私たちのために、製本や修理に不可欠な知識、おそらく初級編の初級といったレベルのお話を1つしてくださいました。それが紙の目の話。「紙の目」というのは紙の繊維の向きのことを指します。
紙を眺めているだけではわかりませんが、紙を縦方向横方向それぞれに曲げてみるとわかります。曲げやすい方向がありますね。その方向に繊維が並んでいるわけです。破ってみるとさらにわかりやすいです。紙の目の方向はきれいにまっすぐに破れますが、それと逆方向に破ろうとすると破れ目がガタガタになってしまいます。
意外と知らない人も多いのではないでしょうか。この紙の目を間違えてしまうと本が開きにくい、糊付けした部分が波打ってしまうといった問題が起きてしまうそうで、本を作るうえでとっても大切な知識だとお話ししてくれました。

「紙の目」について説明してくださった岡野さん

気になる修理費の話

修理を依頼したい人にとってはそのお値段も気になるところです。これはやはり本の破損具合や判型、そしてどこまで修理するかによるそうです。本によって、ページの一部が破れてしまっているもの、表紙の背がとれてしまっているもの、バラバラになってしまって綴じ直しが必要なものなどさまざまです。数千円からものによっては十万円以上かかる場合もあります。

「だから具体的な見積り額は出せません。取り掛かってみないとわからないんですよね。作業しながら料金をプラスしていきます。ただ、すべてを直していたら十万円以上かかることもあります。なので、最初に予算の上限をおききして、その範囲内で修理するケースもあります」

確かに、読める状態になればそれでいいというケースもあれば、できるだけ元の状態に近づけたいというケースもあります。世界に数冊しか残っていないという1500年代のイタリアの本を修理した際の費用は六十数万円以上だったそうですが、なんと修理期間は10か月。修理内容を聞くだけでも気が遠くなりそうでした。

本は背の部分を接着剤や糸を使って綴じています。最近はコストの関係もあり、糸を使わない無線綴じが増えていますが、やはり糸を使っていない本は壊れやすいそうです。そういった無線綴じの本を糸で綴じ直して丈夫にするといった修理も多いとのことでした。

「昔手作業で糸綴じしていた頃の本というのは、今もしっかりした状態で、背の丸みも崩れずに残っている場合が多いんです」

出版社には耳の痛い話ではありますが……、コストばかりではなく、ものづくりの姿勢として考えていきたい問題だと感じました。

美術工芸品としての製本

さて、修理の話から製本の話に戻りましょう。ヨーロッパでは昔、本は仮綴じの状態で売られていて、購入した読者が自分で製本して蔵書とする文化があったそうです。そのため家庭に本を綴じるための「かがり台」というものがあったのだとか。王侯貴族は専属の製本師をかかえて、表紙に美しい装飾を施すなどして豪華な蔵書としていたようです。
日本には根付かなかった文化ですが、自分の好きな本を好きなデザインで表紙を付けて見た目にも美しい本にする……ときめく素敵な文化ですよね。

岡野さんの作品を見せていただきました。表紙や箱に使われている上品で高級感のある革素材、なめらかにするっと本が出てくる箱の作りなど、こだわりのつまった美しい作品でした。

箱と本体の背がなじんで一体感のある美しい設計
するりとなめらかに箱から取り出せる

工芸品としての製本について学んだところで、製本に使う機械も少しご案内いただきました。骨董品としての価値もあると思われる古い機械や道具。
まず見せていただいたのがボールカッター。これはまだまだ現役で使っているそうですが、刃を研ぐだけでも大変そうです。

ゆるやかにカーブする大きな刃がついたボールカッター

そして本をプレスするための鉄製のプレス機械。これは明治から続く古い製本屋さんから譲り受けたものということでしたが、一体どれくらい重いのでしょうか。鉄の量がすごいですね。耳だし作業(本の背に丸みを出したあと叩いて整える工程)に使う金槌など、日本の職人技が光る道具も見せていただきました。

プレス機
本の背を叩いて整える耳だし作業
耳だし作業のときにつかう金槌。叩いたときにすべらないように細かな溝がついている

この先もずっと読めるように―心を込めた修理

ここからは実際の修理の様子を間近で見せていただきました。
今回見せていただいたのは、ハードカバーの本の修理。背の部分が壊れてしまっているので、新しい背を作りつつ、もとの表紙裏表紙をくっつけます。

まずは本文の背に紙用のボンドで花布(はなぎれ)を付けます。ハードカバーの本には必ずこの花布という飾りがついていますよね。あまり注目したことがないという人も多いと思いますが、実は着物の半襟と同じように、見える部分はわずかでも装丁のひとつのポイントになります。さらに背を補強するために寒冷紗や背貼り紙などを貼ります。背のサイズに合わせカットし、背固めしていきます。

背の天地に花布をつける
背に補強のための背貼り紙を貼る

次にクロスをカットします。今回は丈夫な布でできたクロスを採用。これが新しい背ともとからある表紙をつないでくれます。クロスに背の芯材を貼り、表表紙と裏表紙も位置を合わせて貼っていきます。このとき本文の背幅をきちんと計算して貼り合わせることも大切です。

クロスに背の芯材を貼る
表表紙と裏表紙もクロスでつなぐ

表紙の形ができたら本文を合体させます。先ほど見せてもらったプレス機もここで登場。形となったあとも、溝をつけたり、細部をヘラでこすってボンドをなじませたりと、時間をかけて直していきます。最後にもとの背からはがしておいた本のタイトルが書かれた部分を貼り合わせます。
動画でも作業の一部をご紹介(※音が出ます)。

背をつける作業だけでも30分ほどかかるそうです。見ていて感じたのはとにかく補強が丁寧ということ、そしてチェックにもかなり時間をかけられているということ。
「基本的に自分の本を直すという感覚でやっている」「チェックは二重三重にやらないと」という岡野さん。この先もずっと読めるようにと、気持ちのこもった修理にあたたかな気持ちになりました。

壊れていた本がどんどん元気を取り戻していく姿に感動すると同時に、改めて本やものを大切する心を学ばせていただきました。そして最後にお土産としてオリジナルのマーブル染めのしおりまでいただいてしまいました。大事に使わせていただきます。本当にありがとうございました。

お土産にいただいたマーブル染めのしおり

製本工房リーブル
http://riiburu.com/