「17のゴールを解説しないSDGsの書籍」がなぜ売れ、続編まで出ることになったのか
はじめまして。クリエイティブビジネス編集部の今村です。
近年、SDGsをテーマにした書籍がたくさん刊行されていますね。私自身も、この2年の間に、SDGs関連の書籍を2冊手掛けることになりました。
SDGsといえば、17個のカラフルなアイコンを思い浮かべる人も多いでしょう。「1 貧困をなくそう」「2 飢餓をゼロに」「3 すべての人に健康と福祉を」といったように、それぞれにイラストを添えて、17のゴールを一覧できるようにしたものです。
2020年9月に発売された『SDGs思考』では、この17のゴールを「解説しない」という方針を企画立案当初から打ち立てていました。また、2022年4月に発売された続編『SDGs思考 社会共創編』も、同じの方針のまま刊行されました。
SDGsをテーマにした書籍なのになぜ? と思われる方も多いでしょう。
ここでは、その理由を担当編集者の視点で、企画の成立背景からお話します。
「私のコンサルは変わっていますよ」
『SDGs思考』の企画を立ち上げたのは、2019年7月ごろ。当時、私は「SDGsが流行っているから」「出したら売れそう」という安直な理由で、企画立案を目論んでいました。
関連イベントやセミナー、ワークショップに参加したり、本を読んだりして自分なりにリサーチを重ねた結果、最終的にSDGパートナーズCEOの田瀬和夫さんにご依頼することにしました。
というのも、田瀬さんは外務省、国連職員、国連難民高等弁務官・緒方貞子氏の補佐官を務めるなど、SDGsを語るのにふさわしいご経歴をお持ちであったからです。デロイトトーマツコンサルティング執行役員を経て独立起業されていることから、ビジネス・経営者の視点もお持ちです。国際社会での豊かな経験とビジネスの経験が融合したタイプの人は、なかなかいないのではないか。この人なら、「面白そうな本」が書けるのではないかと考えたわけです。
さっそくアポを取り、約束した場所に赴くと、田瀬さんは開口一番こうおっしゃいました。
「私のコンサルは変わっていますよ」
「変わっている……?(どういうことだろう)」
「17のゴール169のターゲットを1つずつ説明して、企業の取り組みにマッピングするようなことだけを推奨しているわけではありません」
このとき、私の書籍のイメージは、田瀬さんの言葉とは逆方向にありました。つまり、17のゴールや169のターゲットを詳細に説明して、企業が自社の取り組みに簡単に当てはめる(マッピング)ことができるフローチャート的なものも入れたい――などと考えていたわけです。
しかし、その思いは出鼻からくじかれ、私は言葉につまりました。SDGsをタイトルに冠した書籍で、ゴールやターゲットを説明しなければ、いったい何を中心に構成を組み立てたら良いのだろう……。
そんな不安をよそに田瀬さんは続けます。
「SDGsの本質を理解していただくことが、なにより重要なんです」
SDGsの本質とはなにか? 確かに、17のゴール169のターゲットは具体的すぎる言葉で明示されていますが、あまりにも範囲が広すぎて、覚えるにも覚えられないし、覚えたところで意味のなさそうなものばかりとも感じていたのは事実です。第一、「2030年までに飢餓を撲滅する」「2030年までにエイズ、結核、マラリアといった伝染病を根絶する」などとあっても、目標が壮大過ぎて、どうしたら達成できるのか、まったく想像がつきません……。
「17のゴール169のターゲットは『2030アジェンダ』という偉大な文書の中のほんの一部に過ぎません。むしろこの文書に込められた世界観や思想を読み解き、腹落ちすることが、企業経営にSDGsを実装するための近道になるんです」
今思うと、この言い方は安易に声をかけてくる編集者を追い払うための常套句だったのかもしれません。
しかし、本音を申せば17のゴールと169ターゲットを必死に覚えても意味はなさそうだし、それじゃ類書と差別化できない……と感じていたことも事実です。また、そもそも田瀬さんにお声がけした理由は、「この人なら面白そうな本を書いてくれそうだ」と直感したからでした。その面白さの部分は、著者さんと話してみなければ出てこないものですし、書籍企画を進めていく中でどんどん色濃くなっていく部分です。編集者ひとりの勝手な想像だけで、面白い本ができるはずがありません。
17のゴールを解説しないSDGs本がヒット。続編も誕生
というわけで、私は企画内容を大きく変え、「17のゴールを解説しないSDGs本」を作ることに決め、田瀬さんはじめ執筆メンバーの皆さんが思う存分書きたいことを書ける形へと方向転換させました。そうして刊行されたのが『SDGs思考 2030年のその先へ 17の目標を超えて目指す世界』です。サブタイトルの「17の目標を超えて」という部分に、その思いを込めています。
「17のゴールを解説しない」という方針は、類書との差別化を明確にしただけでなく、「SDGsのことをもっと深く知りたい」と考える読者の方に刺さり、広く受け入れられる形となりました。
刊行後は順調に版を重ね、発売1年4カ月で4刷のスマッシュヒットを記録。企業の研修で教科書的に使われている話もちらほらと耳にしますし、「SDGsの目指す世界観を理解できる」という一定の評価も得られているようです。本の要約サイトflierでは総合評価4.0を獲得し、「著者の外務省や国連での経験を踏まえた記述は非常に説得力があり、その世界観の崇高さには心を打たれずにはいられない」と、高く評価されるに至りました。
そうした高評価のおかげもあり、続編となる第2作『SDGs思考 社会共創編 価値転換のその先へ プラスサム資本主義を目指す世界』も、第1作から1年半後の2022年4月に刊行することができました。もちろん続編も同じ方針を貫いていますが、「この2つの書籍の違いは何なのか?」と疑問に思う方もいるかもしれません。また、そもそも「SDGsの本質」といったところで、その意味がわかりにくいと疑問に思う方もいるでしょう。
そこで、次項では、この2つの書籍に共通するコンセプトと、内容の違いについて、書籍を織物組織にたとえて説明します。その理由は第一に、見た目にもわかりやすく、常日頃編集者として意識しているのが織物だから。第二に、「言葉によって編まれたもの」を意味する「テキスト」の語源は、ラテン語の「texō(織る)」から来ており、文章を扱う職業にある者にとって、織物組織を意識することはその原義にかなうと考えているからです。
書籍を織物組織としてイメージする
下の図1は『SDGs思考』の大まかな構造です。それに対して、図2は続編『SDGs思考 社会共創編』の大まかな構造です。
これらの図は、書籍を1枚の織物に見立てて、縦軸(経糸)に書籍全体を貫く「コンセプト」を、横軸(緯糸)に各「章構成」を配置したイメージを取っています。経糸のコンセプトは、本シリーズが提示する「SDGsの本質」を別の言葉で言い表したもので、右に行くほど発展的な内容になっています。一方、緯糸はまさしく書籍の章立てを表したもので、ほぼ目次通りの構成を取ります。
このように、経糸・緯糸が編まれ、一枚のしっかりとした織物の形をなす構造を、「織物組織」と呼ぶそうです(参考サイト)。また、一般的に、このような織物組織をデザインし、様々な色や形をなすことを、「テキスタイル」と呼びます。
図を見ていただければ、一目瞭然ですが、まず第1作『SDGs思考』に通底するコンセプトは大きく3つ。
SDGsの世界観
企業がSDGsに取り組む意義
企業が経営にSDGsを取り入れる際に有効な思考法
このうち、1つ目の「SDGsの世界観」が本シリーズの最も根幹をなすコンセプトであり、「SDGsの本質」を言い換えたものになります。そして、本書でご提案するSDGsの本質とは、経糸を織り込んでいくと、その輪郭が見えてきます。すなわち、SDGsが目指す世界観を理解した上でこそ、企業が取り組む意義やそのために有効な思考法が活かされるはずだ、といった意味です。
1つ目の経糸は本書が進むにつれ、さらに発展的な内容に言い換えられていき、最終的には3本の柱として本書を縦に貫くこととなります。
その経糸を脇から支えるのが、「ESG」や「気候変動」など、読者の皆さんが関心のあるトピックスが展開されている構成――すなわち「テキスタイル」を形作っています。
続編の『SDGs思考 社会共創編』では、読者対象をビジネスパーソンや経営者のみならず、日本の地域社会を担うあらゆる組織や個人にまで広げています。従って、必然的に、織物組織もさらに大きく広がることになります。経糸となるコンセプトは大きく4つ。
SDGsの世界観
インクルージョン
組織や個人がSDGsを取り入れる際に有効な思考法と方法論
プラスサム資本主義の提唱
コンセプトの1つ目に、第1作と同じ「SDGsの世界観」が入っているのは、世界観の理解が本シリーズの最も根幹となるコンセプトであり、外すことはできないからです。その上で、第2作では世界観を形作る要素に、新たに「インクルージョン」を追加し、さらにその概念を1本の経糸にまで昇格させました。理由は、「インクルージョン」という言葉自体が、SDGsの公式文書『2030アジェンダ』において、「サステナビリティ」の次に多く登場する重要なキーワードだからです。この言葉は、よく知られる「誰ひとり取り残さない」を言い換えたものと考えても差し支えありません。
「SDGsの世界観(+インクルージョン)」を太い経糸として設定した上で、本書ならではのSDGsの本質を言語化すると、次のようになるでしょう。SDGsの本質とは、SDGsの世界観(+インクルージョン)を理解した上でこそ、組織や個人がSDGsに取り組む際に有効な思考法や方法論が活かされるはずだ。そして、そうした活動のはるか先には個人の変容、組織の変容、価値の転換が起こり、「プラスサム資本主義」というパラダイムが現れるのではないか――これが本書の経糸を織り込んでいった先に現れる新たな世界観です。
緯糸をなす各章は、もちろん近年の国際社会の動向を踏まえた上での各論を展開していますが、常にコンセプトとなる経糸を意識した内容となっています。
こうしてできたテキスタイルを眺めてみると、もはや、SDGsそのものをはるかに超えた「思考の織物」が形作られているのがわかるでしょう。この思考の織物こそが、本シリーズの独自性であり、価値だと思います。
この記事のタイトルに対する答えは、まさにそこにあります。本シリーズがなぜ17のゴールを解説せずに売れ、続編まで出たかというと、きちんとした織物組織をなし、独自のテキスタイルを織り上げ、読者にとって価値あるものにできたから、と言えると思います。
どちらも分厚くて長い読み物ですが、通読しても、必要なところだけを読んでも、一定の納得感を得られるのは、そのためではないでしょうか。田瀬さんをはじめSDGパートナーズの執筆メンバーの方々が、たいへんなご苦労をされながらも、価値ある思考の織物を織り上げていった結果だと思っています。
SDGsのアイコンだって織物組織をなしている
冒頭でお伝えしたように、田瀬さんとの最初の打ち合わせ以来、私は書籍の企画内容を大きく転換させ、「17のゴールを解説しない」書籍として大きく舵を切りました。この方針転換には勇気がいりましたが、実際には無謀なチャレンジでもなければ、的はずれな試みでもない、むしろ著者さんの強みを存分に活かし、独自のテキスタイルを形作るには正しい決断だったと、振り返ってみて強く思います。
そもそも、SDGsの17のゴール自体も、独自のテキスタイルを作っています。カラフルなアイコンを眺めてみても、これら個々のゴールが経糸をなし、その裏には169もの具体的なターゲットが緯糸として織り込まれていることがわかります。ただし、このアイコンだけを見ても、SDGsの本質が理解しづらいのは、経糸と緯糸の関係性が見えにくくなっているからではないでしょうか。
実際、本書で解説しているように、SDGsの公式文書『2030アジェンダ』に込められたメッセージやそこから導き出される世界観の理解、国際社会の歴史や流れの中で、これらのアイコンが指し示す意味を各々が捉え直し、行動に移すための戦略を打ち立てていくことがどうしても必要になってきます。本書で重要な経糸をなしている「リンケージ思考」や「SDGsドミノ」といった思考法・方法論も、これらのアイコンがバラバラに存在せず、常に「連関性(リンケージ)」や「包摂性(インクルージョン)」を含んでいることを前提として解説されています。その理由は、SDGsにおける経糸・緯糸との関係性を、読者が各々の思考・方法によって導き出してほしいという狙いがあるためです。
そうした、目に見えにくい部分を補強するのが書籍の役割だと思っています。その役割を果たそうと、日々様々なテキスタイルが織り上げられているわけですが、1冊の本のテキスタイルが編集者の頭の中だけで一挙にできあがることはまずありません。ほとんどの場合、著者さんとの出会いや対話の中でダイナミックに変容することが多いと感じています。今回は、その典型例だったと思います。
書籍の答えは1つではない。だから作ってて面白い
もし、田瀬さんが物わかりのよすぎる性格で、私が提案した通りに書籍を執筆される真面目すぎる方であったら、本書はどうなっていたでしょうか? おそらく、17個のアイコンをそっくりそのままなぞった、図3のようなテキスタイルになったはずです。
しかし、「私のコンサルは変わっていますよ」という一言で大転換を引き起こした、本シリーズの織物は、イメージとしては図4のようなテキスタイルになりました。
仮に同じお金を払って買うのであれば、皆さんはどちらの織物がほしいでしょうか?
好みにもよりますが、同じ値段だったら、私は生地がしっかりしてそうな後者を選びます。もちろん、シンプルな柄が好みの場合は前者でも間違いではないでしょう。
書籍の企画もこれと同じで、答えは1つではなく、非常に多様性があり、どれも間違いではないはず。編集の面白さを、本書の制作過程を振り返ってみて改めて感じた次第です。
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