書籍編集者・今村享嗣 マグマのように湧き上がる著者の思いを書籍に凝縮させたい【インプレス出版人図鑑】
雑誌編集、フリーランスを経て念願の書籍編集者へ
―――入社までの経歴と現在のお仕事を教えてください。
新卒で出版社に入社し雑誌編集を数年間経験した後、退職して12年間フリーの編集・ライターをしていました。ゲームやエンタメ系の雑誌・ムック・書籍がメインでした。もともと本が好きなので、できることなら版元で書籍編集をしてみたいと、個人事業を廃業してある出版社に再就職。書籍編集者として4年間経験を積んだのち、2020年にインプレスに転職しました。現在はITやビジネス関連書籍を編集する部署に所属しています。
もっと可能性を広げたい、いろんな本を作ってみたいという欲から総合出版社的なインプレスに転職したのですが、ここはとても心理的安全性の高い会社だと感じています。トラブルやミスがあっても頭ごなしに怒られることはなく、「わかりました、頑張ってください」とだけ上司に言われたときにはビックリしました。「自分のことを信用してくれてるんだな」と思えるから安心して仕事ができます。新人でも失敗を恐れずに挑戦できる環境ですよ。
編集者としての信念「読者のものの見方を揺さぶりたい」
―――インプレスの在籍期間は2年ほどなのに、いくつものヒット作を出されているそうですね。『ライフピボット 縦横無尽に未来を描く 人生100年時代の転身術 (できるビジネス)』は出版以来ずっと売れ続けているとお聞きしました。
この本は、人生100年時代に転職、起業、副業などさまざまなキャリアチェンジを考えるときの指針になればと企画しました。発売半年で4刷のスマッシュヒットになっています。
著者の黒田悠介さんはこの本がデビュー作ですが「新しい価値観を打ち出していくのはまさに今なんだ」という思いをぶつけあい、何かに突き動かされるように制作しました。約4か月かけて練りに練って企画書を作ったほどです。社外の編集協力者も交えて何度も何度も打ち合わせを重ね、タイトルからコンセプトから読者層から……徹底して深掘りし、企画書の準備に時間をかけました。
もともとは30歳前後がターゲットですが、制作過程で黒田さんと「広い読者層にも受け入れられ、長く読んでもらえる本にしよう」と推敲を重ねていただいた結果、50代の方や定年退職された方など、いろいろな方に手に取っていただいています。
―――4か月もかけて企画を煮詰めて会議に提出するとはすごいですね。今村さんにとって、編集にどんなこだわりがあるんでしょうか。
私が担当するすべての本に共通して言えることですが「読者のものの見方を揺さぶりたい」と思って作っています。読者の考えを「変える」とまではいかなくても、何かしらの形で読者のものの見方に影響を与えられるくらいの本を作りたいと思っています。
『ライフピボット』の場合は、年功序列とか終身雇用というものが揺らいできた中で、今までと違うキャリアのとらえ方が時代に求められていると思いました。まずはインパクトのあるタイトルに、コンセプトをきちんと固めて書籍を世に送り出す。それを読んだ読者の心が「わたしも頑張ろう」「転職してみよう」「ちょっと副業やってみよう」へと動いていく。著者のメッセージが読者の心にちゃんと届くように作ることを大事にしました。
マグマのような著者の思いを結晶化させ世に送り出す
―――2021年8月に出版された『Shopify運用大全 最先端ECサイトを成功に導く81の活用法』も今村さんのご担当とか。こちらも好評と聞きましたが、どうやって企画を思いついたんですか。
私はいつも、普通に新聞やニュースを見たり、人に教えてもらったりして企画を思いつくことが多いんですが、この本の企画に関しても、ニュースを見ていてShopifyという社名が目に留まりました。Shopifyは海外のECプラットフォームを提供する企業ですが、株価もうなぎ上りで、世界を変える企業の上位にランクインしています。日本でもShopifyに注目している人が増えています。
海外のサービスを日本にローカライズしてローンチし、広めていこうとしている人たちのエネルギーってものすごいんですよ。SNSでShopifyについてつぶやいている人を観察していましたが、とにかくShopifyに注目している人たちの思いは熱くて勢いがある。一方で海外から入ってきたものは情報が少なく、本で体系化もされていない。これは今、書籍に凝縮させる価値があるな……そう確信して企画しました。
―――著者の方々の熱い思いはもちろんですが、こうしてお聞きしていると今村さんもすごく熱意のある編集者だなと感じます。
書籍の企画は、世の中のニーズを汲み取ることが大事だと思っています。それと同時に、著者のマグマのように湧き上がってくる「人に伝えたい熱い思い」を、書籍というひとつのパッケージにどうやって凝縮するか、どうやってひとつの形に結晶化させるかというのを常に考えていますね。
Shopifyの本も、その道の第一線で活躍されている方々に「伝えたいことを、思いっきり書いてほしい」とご依頼しました。著者の心の奥から湧き上がる思い、それこそがいわゆるマグマなんですが、爆発したら大変なので、少し水をかけて冷ましながら書籍にするのが編集者である私の役目だと思っています。
「読んでいる時間」に価値を感じられるような書籍を作りたい
―――今村さんにとって、本の魅力、活字の魅力とは何でしょうか。
本は、自分の目を開かせてくれるもの。新しいものの見方を与えてくれる存在ですね。私はジャンルを問わずどんな本でも読みます。学生時代は月額4万円までと決めて本を買っていましたが、社会人になってお金ができると際限なく本を買うようになりました。知りたいと思ったことは徹底的に棚ごと買ってくるみたいなときもあるほどです。最近は新書や文庫、漫画は電子書籍で買うようになりましたが、装丁が見たくて電子書籍と本を両方買うこともあります。1か月に30冊くらいは買っているんじゃないかな。書籍を企画、編集するときも関連書籍を10冊は読みますね。
私は、本というのは情報を吸収するためにあるわけじゃないと思っているんです。実用書ならともかく、読み物の場合は、その本を読んでいる時間の大半は「読んでいる人が何かを考えている時間」なのではないでしょうか。本を読みながら、自分の人生とか仕事に照らし合わせて「わたしはどうしよう」「あの人だったらこう思うかな」って常に考えながら読んでいるはずなんです。
読者の貴重な時間を無駄にしたくない。だから、自分の作る書籍は、読者が本を読んでいる時間自体に価値を感じてもらえるようなものにしたいんです。『ライフピボット』も『Shopify運用大全』もですが、『SDGs思考 2030年のその先へ 17の目標を超えて目指す世界』という本も、そんな思いで作りました。
SDGs関連の書籍は多く出版されていますが、どの本もSDGsの17の目標というアイコンに関するものばかり。17の目標と169のターゲットは『2030アジェンダ』という偉大な文書の一部でしかないので、アイコンだけ説明されても、なかなかSDGsの全体像は見えてこないんです。だったら『2030アジェンダ』全体に込められた思想や世界観をきちんと説明できる本があったら価値が出るはずだと、著者の田瀬和夫さんやSDGパートナーズの皆さんと企画を練り上げました。こちらもSDGs関連本の中ではかなり売れています。
ひとたび書籍を作るとなると、短期間とはいえ数か月間、会社の同僚よりももっと濃密な時間を著者の方と過ごすことになります。一冊ごとにプロジェクトを作って外部の方とひとつのものを作り上げていく過程では、ワンチームとしてお互いに協力し合い、世に出す価値のある本を出すのが目標。書籍はあくまで著者さんの名前が全面に出る、まさに著者さんが主人公ですから、とにかく編集者としてサポートしながらゴールまで並走します。私自身は「俺はこうしたいんだ」「絶対こうじゃなきゃダメだ」というこだわりは特に持っていないんです。著者の方が最後まで納得して書ききれるように、寄り添っていくようにしています。
普段は「自分の人生に必要そうなこと」を探し歩く自由人
―――最後にプライベートの過ごし方を教えてください。
フリーランス時代に、「仕事よりも人生のほうが大事だ」と思って、仕事の優先順位を下げたんですが、そのときロシア語を勉強して『宣教師ニコライの日記』の翻訳に挑戦したり、ロシア語能力検定2級を取得したりしました。ロシアと日本の文化交流に興味があったからです。江戸時代に遭難してロシアに漂着し、結果的に日本人として初めて世界一周することになった「石巻若宮丸漂流民」を顕彰する会で理事をしていたこともあります。そうした活動のご縁もあり、最近では小説家・故吉村昭氏の幻の講演「日本の漂流記について」の活字化のお手伝いもさせていただきました。歴史に残るようなプロジェクトに参加できたのも、フリーランス時代の蓄積が生きたからだと思っています。
今は仕事も大事にしつつ、そのとき自分の人生に必要そうに思えたことは行動に移すようにしています。例えばコロナ前まではボクシングジムに通っていたんですが、老若男女関係なく、仕事も立場も関係なく仲良くなれる居場所があるってことは、生きる上ですごく助けになりました。いろんな話ができて視野も広がりますしね。
また抹茶を点てみたらとても美味しかったので、そこから茶道に興味を持ち、最近まで裏千家の茶道教室に通っていました。「面白そう」って思ったら、何でも試しにやってみたらいいと思います。
あとは、行先を決めずに電車に乗って、降りたことのない駅で降りてぶらぶらするのも好きですね。わざと歩調をゆるめて、ゆっくり街並みを観察したり、その街の名所になっている場所に行ってみたり……。それまで気にもしていなかった街それぞれに新しい発見があり、脳内地図が広がっていくのが楽しいです。
―――ひょうひょうとした語り口の今村さんですが、ひとたび本のこととなると情熱が半端ないことに圧倒されました!これからも今村さんの作る書籍を楽しみにしています。本日はありがとうございました。
【インプレス出版人図鑑】は、書籍づくりを裏方として支える社員の声を通じて、インプレスの書籍づくりのへ思いや社内の雰囲気などをお伝えするnoteマガジンです。(インタビュー・文:小澤彩)
※記事は取材時(2021年11月)の情報に基づきます。