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【コダワリ #16】絶滅危惧種? いろいろすごい「檜単板ラケット」の話

「コダワリーノ、スキナーノ」は、こだわりのものや好きなことなどについて自由に語る場所です。16回目は、書籍編集の飯田が卓球の「檜単板ラケット」について語ります。

「檜単板ラケット」は「卓球」というテーマの中でかなりマニアックなサブテーマです。
どのくらいマニアックかというと、「プロ野球助っ人外国人選手列伝」における「サンチェ」くらい。

本稿を読もうとされている方の中には、近年急速に人気を高めている卓球に強い関心をお持ちの方がいらっしゃるかもしれないのですが、ここから先を読んでも極小領域の知識が不自然に肥大するだけ、ということを先にお断りしておきます。
卓球がうまくなることがないのはもちろんのこと、卓球を始めたくなったり、Tリーグ観戦が13倍楽しくなったりすることもありません。
この点をご了承の上で、以下、お付き合いください。

檜単板ラケットって、どんなの?

「檜単板ラケット」は大部分が檜の一枚板でできている卓球用ラケットです。
檜以外の単板ラケットもかつてはあったものの、卓球ガチ勢向け量産品としては、2022年12月時点で存在しません。

単板の反対は合板で、卓球の合板ラケットの多くは、5枚、7枚のように奇数枚の板を貼り合わせたものとなっています。
合板ラケットの板厚が6mm前後であるのに対し、比較的脆い檜単板のラケットの板は厚く、8~11mmに設定されています。
また、檜は柔らかい反面、バネのような弾力を有しています。
これらのことにより、檜単板ラケットには次の特徴があるとされています。

  • 打球時にボールが板に食い込むような感触があり、快感を味わえる。

  • 打球時に打球面とボールとの接触時間が長く感じられ、スピンをかけやすい。

  • 反発力が強い。

次は檜単板ラケットの形状の話です。
卓球ラケットのほとんどは、

  • シェークハンド(シェーク)

  • 中国式ペンホルダー(中ペン)

  • 日本式ペンホルダー(日ペン)

  • 反転式ペンホルダー(反転ペン/ローター)

のいずれかに該当します。
反転ペンは日ペンの亜種です。
日ペンはオモテ・ウラを逆にして握ることはできませんが、反転ペンはそれができるグリップになっています。
そして、現在製造されている檜単板ラケットは、諸事情あってほぼすべて日ペン、ごくわずかに反転ペンが見られる程度です

私の実戦用檜単板ラケット。
反転ペンです。
こんなふうに握ります。
実は、両面のラバー(ゴム)の色が同じなのはルール違反です。
練習仲間には赦してもらっていますが、大会に出るときには、片面を別の色のラバーに貼り替えねばなりません
使っておらず、ラバーを貼ってもいませんが、通常の檜単板日ペンも持っています。

国際卓球連盟傘下のWTTが、檜単板日ペンユーザーの希少な現役トップレベル選手(日系ブラジル人のカズオ・マツモト選手)の試合ハイライト動画を配信していますので、リンクを貼っておきます。

●vsシェークの選手

●vs中ペンの選手

以上で檜単板ラケットの概要の説明は終わりです。
次項から、檜単板ラケットの「すごいところ」を挙げていきます。

ユーザーの実績がすごい

平成のうちに檜単板ラケットのユーザーは激減し、いまは30歳以下の選手を無作為に100人集めたときに1人もいないくらいです。
しかし昭和の時代にはたくさんいて、松崎キミ代さん、小野誠治さんといった世界チャンピオンもユーザーでした。
水谷隼さんの10回に次ぐ(2022年12月現在)8回の全日本選手権男子シングルス優勝実績のある斎藤清さんもユーザーです。
また、不確かな情報ですが、卓球用具メーカー・ダーカー社(新宿区)の「スピード90」というラケットには、世界チャンピオン6人の使用実績があるそうです。

さらに、フィクションですが、映画『ピンポン』で窪塚洋介さん扮する主人公・ペコが使用しているラケットは檜単板だと、公開当時(2002年)のネット掲示板で噂されていました。
こちら↓のページの写真からすると、その噂は本当だったようです。

個体厳選の熱量がすごい

檜単板ラケットは、単板であるがゆえに、合板よりもダイレクトに、素材の質が製品の個体差として顕在化しやすいものとなっています。

一般論としては、重く、木目が詰まっていて、かつ先端部エッジの木目が縦にきれいに揃っているもの(「柾目まさめ」といいます)がよいとされています。
多くのユーザーは、新しい檜単板ラケットが欲しくなると、リアル店舗に出向き、目当ての製品の在庫をすべて出してもらい、この一般論やそれぞれの好み(重心の位置、グリップのフィット感、香り…etc.)に照らして「当たり」の個体を探します。
店舗をハシゴすることもしばしばです。

既出マイラケット(通常の日ペンのほう)の重量と先端部エッジの木目。
板厚は仕様として9mmですが、この厚みで97gはかなり重い個体です。
先端部エッジに詰まった柾目が見られます。
私の中では「当たり」です。

日本文化とのかかわりがすごい

檜は、特に木曽山脈北斜面産のものが良質とされています。
木曽檜は、江戸時代にその産地を尾張徳川家が独占管理していたことから「尾州びしゅう檜」ともよばれており、あとで紹介するとおり、卓球ラケットの製品名にも採用されています。
また、伊勢神宮には、檜が使われている多くの社殿を造り替える「式年遷宮」という20年に一度の伝統行事がありますが、この行事の前後で国産檜が不足するそうです。
2010年代のはじめに、前出のダーカー社からプレミアム檜単板ラケット「ハイブレードスピード90」「ハイブレードスピード70」が発売されたのですが、いずれも短期間で廃番になってしまいました。
これを2013年の式年遷宮の影響によるものだとする噂が、卓球用具マニア界隈では流布しています。

希少化と価格高騰がすごい

近年では、ユーザーとともに檜材の少なさも目立ってきています。
多くの店舗で檜単板ラケットの在庫不足が頻発しており、価格が高騰しています。
ウッドショックの影響で卓球ラケットの価格は全般的に高騰していますが、国産檜を使ったラケットの値上がりは、特に顕著です。
たとえば、ダーカー社は2022年春に同社製ラケットの値上げを発表しましたが、檜単板ラケットの平均値上げ率は他よりも高く、36%程度となっています

製品名がすごい

ダーカー社製檜単板ラケットの製品名は、「スピード15」「スピード90」などと、基本的に「スピード+同社の加工技術の識別番号」となっています。
シンプルでかっこいいと思うのですが、いかがでしょうか?

ほかに、ヤサカ社(墨田区)の「武蔵」「柳生」などもよいと思いますが、ここでぜひ挙げておきたい製品名として、コクタク社(千葉市稲毛区)の
尾州No.1スーパー超特選「極」
があります。
「尾州」は、前述のとおり、高級な木曽檜の愛称です。
「すごい檜」と言い換えてもよく、しかるにこの名前、文字数のわりにほとんど「すごい」しか伝わってこない、それこそすごい製品名だといえます。

マイラケットのラバー貼り替え

檜単板ラケットユーザーに限らず、卓球ガチ勢は、打球面にあらかじめラバーが貼られたラケットは使わず、板とラバーを別々に選んで買い、組み合わせることで、自分なりにベストなラケットを作り上げます。

一度貼ったラバーを貼り替えることもよくあります。
貼り替えの理由は、

  • ラバーの寿命が来た(ラバーの種類、使用頻度などによりますが、社会人が趣味としてやっている程度なら、ラバーの寿命は3か月くらいです)。

  • 貼ってみたラバーが、板やユーザー自身と相性が悪い。

  • 新しいラバーが発売されたので、試したい。

などさまざまですが、どうであれ、多くの卓球ガチ勢にとって、ラバー貼り替えの時間は至福のひとときです。

で、前掲の実戦用マイラケットをルールに合うものとするべく、本稿を書きながら片面のラバーを貼り替えました。
その様子を紹介します。

ラケット、ラバー貼り道具一式、新しいラバーとパッケージ。
板の表面が剥がれないように、古いラバーを慎重に剥がします。
木目を斜めに横切るようにゆっくり剥がすのがコツ。
ラバー貼り専用の水溶性接着剤を、板とラバー裏面の両方に塗布します。
白い接着剤が透明になるまで乾かします。
ドライヤーを使う派、使わない派がいます。
私は使う派ですが、ラバーには冷風しか当てません。
空気が入らないようにローラーで軽く伸ばしながら貼ります。
この時点でしっかり貼れてはいますが、伸ばしすぎた分が収縮するように5分ほど放置します。
ラケット面からはみ出ている部分を裁ちばさみでカット。
完成です。
毎度エッジがきれいに仕上がりませんが、もう諦めています。

そろそろ終わりますが、冒頭に書きましたとおり、多くの読者のみなさんにとって何の役にも立たないことばかりだったかと思います。
それでも、「へぇ~」という軽い感嘆くらいは残せたかなと。
檜風呂を目にしたときなどに、「ラケットがたくさん作れそう」というように、ちょっとだけでも卓球や檜単板ラケットに意識を差し向けてくださるようですと、うれしいです。

かくいう私自身はというと、本稿書き始めからずっと、サンチェが気になって仕方ないわけですが。