書籍編集者・小野孝行 一度退職し再入社。やっぱりインプレスで仕事をしたいと思った理由は【インプレス出版人図鑑】
―――小野さんはどうしてインプレスに入社されたんですか?
インプレスに入る前は、製品のマニュアルを作る会社にいました。マニュアルは書籍のような体裁ではありますが、法律的に必ずつけなくてはならない「部品」という扱いです。すべての機能を等しく解説しなくてはならない。それなのに頑張って作ってもそんなに読まれない切なさがありまして、もっと読者の心を動かせるものを作りたい気持ちがわいてきて、ご縁があってインプレスへ転職しました。『できるシリーズ』は自分もよく知っていたので、自分も作ってみたいなと思ったんです。
入社して感じたのは、社員がみんな本当に楽しそうで、自分が携わっているものがすごく好きで仕事していると感じました。インプレスに入社してからは大手メーカーから受託して冊子などを制作する部署も経験しましたし、写真投稿&写真共有サイト『GANREF』の仕事も担当しました。『できるシリーズ』でもたくさんの書籍を作りました。『できるWindows 10』『できるExcel 2019』『できるWord 2019』……このあたりは僕の担当した書籍です。
製品マニュアルとは違って、書籍は読者の心にいかに届くかが大事です。特に『できるシリーズ』は自分が考えた手順が、読者にとっての一番のお手本になってしまうので、責任の重さや怖さを感じることもあります。でも同時にそれがやりがいにもつながっていますね。手順がわかりやすいというのは『できるシリーズ』の大きなメリット。解説するソフトの「ベストな解」を見つけてきちんと説明するのが自分の役目だと思っていました。単なるマニュアルにならないよう、見やすさ、わかりやすさを考えて編集していました。
―――しかし、そんなインプレスを一度退職されているとか。それはなぜですか?
インプレスに入社して16年が過ぎたころ、別の会社から「うちの会社に来ませんか」というオファーをもらいました。自分はランニングが趣味なんですが、誘われた会社はマラソンに関する仕事だったので興味が湧きました。自分はそのとき44歳。40歳過ぎたら冒険ってしにくいですし、どうしても安定を選んでしまいがちだと思うんです。これが最後のチャンスかもしれない。そう思ったらチャレンジすべきではないかという気持ちが止められなくなりました。ただ、退職することについてはだいぶ悩みましたよ、そこはやっぱり……。
―――「辞めます」と言ったときに、インプレスの同僚からはなんて言われましたか?
「思いとどまれ」という人はほぼいなかったですね、そういえば。「いいんじゃない? 決めたことはやってみなよ」みたいな感じの方が多かったです。もちろん上司には引き留められましたが、最終的には皆さん本当に優しくて、背中を押してくれました。
―――実際、インプレスの外に出てからはどうでしたか?
滑り出しはよかったのですが、その後ご存じのとおりコロナ禍になり、人が集まるイベントが軒並み自粛する方向になってしまったのは周知の通りかと思います。これはマラソン大会も例外ではありませんでした。そんな社会の状況から仕事も停滞気味となり、やむなく別の会社に転職することになるのですが……。次の転職先の仕事も当初はやりがいを感じていましたが、次第に「自分は本当にこの仕事をやりたかったのだろうか?」と悩むことになりました。
そんなとき、「人の役に立つものを作って、読者を楽しませたうえでお給料をもらえるインプレスという会社は、本当にいい会社なんだな」って改めて感じました。私が退職してから『できるシリーズ』が刷新して雰囲気が変わり、リニューアルが成功しているのを見て「なんで自分が検討・実行できなかったのだろう」とふがいなさを感じることもあったりして。「もう一度インプレスに戻って編集をやりたいな」という気持ちになっていきました。
―――そして、今年の4月に再入社することになるわけですが、今回再入社に際して、まずどなたに連絡したんでしょうか?
退職するときに直属の上司だった編集長ですね。携帯番号を知っていたので、直接連絡して「自分の戻る場所はあります?」って聞いたら「『あり』か『なし』かでいったら、『あり』かな」と言ってくれたので「『あり』なんだ! それはありがたい!」と!
―――辞めることを言うのも勇気がいると思いますが、「再入社したい」と言うのも、これまた勇気がいる気がします……。
そうですね。ずっともやもやした気持ちはあったのですが、このまま仕事を続けていてはダメだと感じたタイミングで「これは聞いてみるしかない」と決意してから編集長に電話するまでは早かったですね。その後、編集長と統括部長との三者面談(会食)をしてから正式な面接を経て、再入社が決まりました。
―――もともとインプレスには「アルムナイ制度」という再入社の制度があったそうですね。ということは、小野さんはやめられるときにも「いざというときには戻れるかも」と思っていた、なんてことは……?
いや、それは退職時にはまったく考えていなかったです(笑)。制度は知っていましたけれど、出てからまた戻るというのは格好悪い気もしていましたし、インプレスを飛び出したなら、次の世界で何かをやってみせると思って強い気持ちで辞めましたから(笑)。
でも「インプレスはやっぱりいい会社だった、またあそこで仕事したいな」と思ったときに戻れる道が残されているのはありがたいことですよね。自分がこうして戻ってみて改めて「本当に懐の深い会社だな」と強く思います。会社の仲間も、戻ってみると「おかえり!」と口々に言ってくれて本当に優しいんです。「また一緒に仕事できるのは嬉しいよ、よろしく!」って笑顔で迎えてくれる方がほとんどです。
―――一度インプレスを出たことに関して、後悔はしていませんか?
一度辞めたことはよかったと思っています。ものの見方を変えることができましたから。本の作り手としての視点はもちろんですが、受け取る側、いわゆる読者側の視点を改めて認識できたというのが大きいですね。
長年、作り手として書籍を担当していると、自分が詳しくなりすぎてしまい、視点がだんだん固まってきてしまう部分があったように思うんです。
インプレスを辞めた後、転職先の同僚に「前職はどんなお仕事だったの?」と聞かれることがあって「こんな本を作っていました」というと、そこから「このソフトはどうやって使うの?」「これで業務を効率化したいんだけど、どうしたらいい?」という相談事が集まるようになりました。
もちろん知識はあるから機能は教えられます。ただ、機能面は熟知していて、常に触って研究していたはずのソフトなのに、実は仕事の中でリアルに使ってこなかったということに改めて気付かされたんです。現場のリアルなニーズを聞いて、求められる解決策をソフトで実現していくことで、人の役に立てたことを肌で感じる体験ができたのはとても大きかったと感じています。
パソコンは今や生産性に直結するツールだと思うんですが、業務効率化を実現するために、読者がどんな解答を必要としているのかがはっきり見えてきたというか。「読者が何をしたいか」「何に困っているのか」、的確ににおいをかぎ分けることがとても重要だと思っています。「こう使うと便利」の先にある「さらに効率を上げていくためには」というところまで入れていきたいですね、これからは。実際のリアルなニーズを体感した経験は、これからの担当書籍の中で生かしていけると思います。
一度辞めてから社外で自分の中に蓄えた経験値を、インプレスに還元したいというのがこれからの自分の大きなテーマです。インプレスは自分にとって「好きなことをやって食べていける会社」です。今思うと離れている間は、インプレス人生において「ちょっと外に出て違う空気吸ってくる!」みたいなことだったのかもしれません(笑)。
―――今後はどんな本を作っていこうと思っていますか?
まずはリニューアルしたばかりの『できるシリーズ』をきっちりやって成果を出すことが会社から求められていると思っています。リニューアル後のスタートダッシュをサポートできるように、自分がブースターの役割になれればと。せっかく人とは違う経験をしたのだから、昔の自分にとらわれずに新しくまた始めていくつもりです。
あとは、昔と違ってインプレスはいろいろなジャンルの書籍を出版するようになりましたから、ゆくゆくは自分の趣味であるランニングとかウェルネス系の書籍も作れたら嬉しいです。
―――なるほど、ランニングは今も変わらずご趣味なんですね。
はい。東日本大震災のときに帰宅難民になりまして、「もうちょっと体力つけないと」と思ったのがきっかけで。今は仕事が終わるとランニングウェアに着替えて家まで25キロの距離を走って帰る「帰宅RUN」とか、休日に走って8キロ先の映画館に行き、映画を見たあとにまた走って帰宅する、なんてことをやっています。
マラソンはスピードで勝とうとすると際限がないので、僕は距離で上を目指そうと思っているんです。走歴10年を超えましたが、お陰様で100マイル(約160km)のトレイルレース『ULTRA-TRAIL Mt.FUJI』を完走できるくらいになりました。コロナ禍で最近はなかなかレースが開催されていなかったのですが、徐々に再開されてきているのでスポーツイベント業界を少しでも盛り上げるべく、レースに出られるように走る習慣は続けています。というか、走っていないと気持ちが悪いというのもありますが(笑)。
―――趣味のランニングが、まさかそんなにマニアの域とは思っておらずびっくりです…! でも小野さんのその熱量は、確実にインプレスでもブースターになれそうな気配を感じます。小野さんの作る『できるシリーズ』を楽しみにしていますね。今日はどうもありがとうございました。
【インプレス出版人図鑑】は、書籍づくりを裏方として支える社員の声を通じて、インプレスの書籍づくりのへ思いや社内の雰囲気などをお伝えするnoteマガジンです。(インタビュー・文:小澤彩)
※記事は取材時(2022年7月)の情報に基づきます。