書籍編集者・宇枝瑞穂 読者目線を大切に、瞬間のひらめきを企画に生かす【インプレス出版人図鑑】
バイトで知ったものづくりの楽しさから編集者の道へ
―――インプレスに入社したきっかけを教えてください。
大学まではずっと教師になりたくて、大学と大学院では日本児童文学を学び、教員免許も取っていました。そんな私が編集者の道に方向転換したのは、学生時代に出版社でアルバイトをしたことがきっかけです。自分が読んでいたマンガ雑誌の編集部で編集事務の仕事をしているうちに、ものづくりの現場を見て面白そうだなあと感じ、出版社の試験を受けることにしました。
最初はウエディング雑誌の編集者として働き始めたのですが、もっといろいろなジャンルの書籍を作りたいと思うようになり、インプレスの中途採用の募集を見つけて受けてみることにしました。面接でどんな本を作りたいかと聞かれたときは「女性実用書や料理の本、また児童書など、いろいろな本を作りたいです」と答えたのを覚えています。現在は女性向けの書籍やデザイン本、手帳などを担当しています。
打ち合わせで飛び出した著者のつぶやきをすぐさま企画化
―――宇枝さんは、「3色だけ」という新発想で大ヒットになったデザイン本『3色だけでセンスのいい色』を企画されたそうですね。
この本は2020年の発売以来、今でもずっと売れ続けています。配色の本は世の中にも多くありますが、タイトルにもあるように「たった3色でおしゃれな配色ができる」ことが読者に受け入れられたんだと思います。
著者のingectar-eさんには、当初は配色ではなくて初心者向けのデザインの本を依頼する予定でした。最初の打ち合わせ中に著者さんが「私、配色の本を作るの好きなんですよね……」とぼそっとつぶやかれたので、私ならどんな企画を提案するだろうと、すぐに配色本の企画を考え始めました。たまたま見ていたテレビで、3色をテーマにしたファッション番組が流れ、「『3色』という響きはつかみとしていいかも!」と頭に残ったんですよね。そこで、「3色だけに絞った配色本を作ってみるのはどうでしょう」と次の打ち合わせで提案させていただいたところ「今すぐその本を作りたいです!」と快諾してくださり、あっという間に企画のアイディアをふくらませてくださいました。
もちろん制作の苦労もありました。3色でおしゃれに見える作例を紙面に出していくんですが、もともとセンスのあるデザイナーさんなので、作例のデザイン自体、どれもおしゃれなんです。ただ、今回の企画の趣旨として、「デザインがおしゃれなのではなく、この3色がおしゃれだから素敵に見えるんだ」といえなくては意味がありません。そのため、作例は何度も修正を重ねました。その甲斐あって、出版直前にツイッターでバズり、発売直後からどんどん重版がかかるベストセラーになりました。
―――初心者向けに作られた『3色だけでセンスのいい色』ですが、プロのデザイナーの方にも評判がよいとお聞きしました。
書店に並べられている配色本の数々は、それぞれのテーマごとにたくさんの色を提示している本が多く、それらに比べると『3色だけでセンスのいい色』は収録している配色の数もかなり絞られています。12色提案されている配色から色を選ぶのが難しいデザインの初心者の方々には、3色の中から1、2色を選ぶのは楽でとてもいい本と言っていただけました。仕事の資料づくり、イラストの配色、ネイルの色選びや、ハンドメイド作品を作るときの参考にと、皆さんいろいろなシーンで活用してくださっているようです。またプロのデザイナーさんにとっては3色だけの配色本は物足りないのではないかと思っていましたが、実際は、忙しいプロだからこそ、悩まずにさっと選べる配色本はとても便利と需要があったのはうれしい誤算でした。
ちなみにingectar-eさんとの最初の打ち合わせで作りたいといっていたデザインの本『とりあえず、素人っぽく見えないデザインのコツを教えてください! 』も、先日出版され好調です。ingectar-eさんの書籍は『マネするだけでセンスのいいフォント』とあわせて3冊出版しましたが、どれも私が担当させていただきました。
発売直後からベストセラー!『バナーデザインのきほん』
―――つい最近出版された『バナーデザインのきほん』も宇枝さんのご担当と聞きました。発売前からネット書店のランキングで1位になっていましたよ。
著者のカトウヒカルさんのお力もあって、発売前から予約が入り、おかげさまで発売直後からベストセラーになりました。実はこれ、最初の緊急事態宣言のときに思いついた企画なんです。
当時、ECサイトの利用が急激に増えたというニュースを見て、きっと一般企業だけではなく、今まで小売業をしていた人もこれからEC事業に参入してくるだろうなと感じました。そのときふと、バナーのデザイン本を作ってみたらどうだろう、と思いついたんです。バナーはうちの会社でもよく作るし、編集部でも作ります。新たにECサイトを立ち上げる人なら、訴求力のあるバナーの作り方をきっと知りたいはず。バナーって結構使うもので需要も高いのに、バナーデザインを教えてくれる書籍は見ないので、これはいける!と。想定どおり「すごく役に立ちました」と読者の方からの感想が続々届いているので、作ってよかった!とやりがいを実感しています。
新しい企画は自分の悩みから思いつく
―――宇枝さんのお話を聞いていると、企画力が半端なく冴え渡っている方だなと感じます。書籍の企画はどういうところから思いつくのでしょうか。
著者のSNSを見て企画をひらめくこともありますし、何もないときにアイディアが降りてくることもありますね。自分の不満や悩みから企画を考えることが多いかもしれません。
書籍の宣伝物を作っていて行き詰まったとき、いろいろなデザイン本を参考にしましたが、本当に知りたいことが解決できなかったんです。そんなとき、知識ゼロの私でもわかるデザイン書を作りたいって思ったんですね。「こうすると初心者でもわかりやすいかも」「悩んでいる人のお助け本になるかも」って部分を見つけながら企画していっています。
また情報収集という意味では、編集部でのたわいもない話や、知人や著者さんとの雑談も大切にしています。ちょっとしたおしゃべりや、オンラインチャットの会話からも企画を思いつくことは多いですよ。今はこれが旬な内容だけど、書籍が出版される時期にはすでに情報が古くなっている場合もあるので、トレンドの傾向は常に意識するようにしています。
―――ほかに、宇枝さんが書籍づくりで気を付けていること、こだわっていることはありますか。
企画が決まると、読者の深層心理とか読者ターゲットを深掘りします。類書も研究して、売れるテーマを分析。他の書籍にない新しい切り口も大切に考えます。すでに出版されている本と似ていれば「どうせこれと同じような本でしょ」と読者に思われてしまうので、「うちの本はこれに特化してます!」というポイントはきちんと作るようにしています。
また学生時代に文字だらけの本をずっと読んでいたこともあって、自分の深層心理に「パッと見て要点を知りたい」っていうのがあるんです。「文字ではなくビジュアルを見ただけで内容が理解できる本づくり」は、私の担当している本すべてで意識しているポイントですね。
書籍を作っていると、途中で自分の思い込みでターゲットニーズからだんだん離れてしまうこともあるので、目指す方向性がずれていないか、制作途中で編集部や周りの人に意見をもらいながら、さらにブラッシュアップするようにしています。
あとはタイトルもカバーデザインも、類書の中で埋もれないものにしたいのでかなり時間をかけて考えます。タイトルに関しては、企画の段階で「これしかない!」とバシッと決まる場合もありますが、それ以外は10本以上は考えますね。
カバーデザインも、類書と並べて自分の本が目立っているか、キャッチコピーで一発で目に留まるかっていう点は結構気にして作っています。ときにはカバーデザインが類書と似た雰囲気になりがちになるときもあるので、見方を変えて制作している本とは異なるジャンルの本からインスピレーションを得ることも。「こういうカバーデザインのやり方、斬新で面白いな」と思ったら、その雰囲気を参考にしてカバーデザインを依頼することもありますよ。
新しい企画、新しいジャンルを生み出す編集者に
―――宇枝さんは、編集者としてこの先どんな仕事をしていこうと考えていますか。
これからもどんどん新しいものを作っていきたいです。まだ書店に並んでいないけれど、これすごくニーズがあるよね、っていう書籍を企画したいですね。どんなジャンルの書籍でも作れる部署にいるので、新しい企画は進んで挑戦していきたいなと思っています。児童書作りにも興味がありますし、まだインプレスで出版していないジャンルにも積極的に提案していきたいです。
―――次に宇枝さんがどんな書籍を思いつかれるのか、楽しみにしていますね。今日はありがとうございました。
【インプレス出版人図鑑】は、書籍づくりを裏方として支える社員の声を通じて、インプレスの書籍づくりのへ思いや社内の雰囲気などをお伝えするnoteマガジンです。(インタビュー・文:小澤彩)
※記事は取材時(2022年2月)の情報に基づきます。