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【ゆるりと巡る大人の社会科見学 #3】『考えるきっかけになる1冊を。』と考えて作った書店 葉々社

一般的に実用書の編集者は、面白くて役に立つ本、そして多くの読者に読まれる本を作ることを目指すが、一読者としては、本をさまざまな趣向で楽しむことも……。その1つとして、書店巡りがある。今回見学するのは、近年見かけることも増えている本のセレクトショップ、独立系書店。東京は大田区梅屋敷にある、インプレス出身の小谷輝之さんが作った書店『葉々社(ようようしゃ)』に伺った。

京浜急行線の梅屋敷駅から3分、商店街のメイン通りから100mほど入ったところにある、緑の看板と暖簾が印象的な『葉々社』。インプレスのデジタルカメラマガジン編集部に所属していた小谷さんが店主だ。笑顔で我々を出迎えていただけた。

https://goo.gl/maps/GgW5jgqCChZDzTDT7

梅屋敷駅から3分の立地。

小上がりがあるかわいい書店

2022年4月オープンなので、1年が経つ。店の大きさは10坪ほど。十数年前まではよく見かけた駅前の書店サイズだが、置かれている本を見ると、棚に並ぶのは、単行本から文庫や新書、種類は国内外の文芸書や人文、社会・自然科学、実用書、写真集まである。ベストセラーや一般的なビジネス書は置いていない。装丁が美しい本や、持ったときに喜びが感じられるような上製本が平積みされており、普段書店では見たことがない種類の本も並んでいる。「人の心を煽るようなタイトルの本は置いていない」とのこと。

入り口からの店内の様子。奥に小上がりスペースがある。

小上がりスペースがあり、その奥にレジがある。靴を脱いで、小上がりスペースで本を読むことも可能。この小上がりにも、貸出し棚や、中古本がある。小谷さんが並べたい本がどんどん増え、オープン時より棚が増えたらしい。

ギャラリーや本にまつわる小物も

オープンした当初は、梅屋敷に書店ができたと、のぞきにくるお客さんもたくさんいたが、いまは、近隣の本好きな人や、遠方からも訪れる人が多いという。見学した日は、定休日でお客さんもおらず、じっくりと拝見できた。小上がりの壁にあるギャラリースペースは、ひと月ごとに変わる。年内の予定は、すでに埋まっている。同じ壁の下には、小物もある。本を運ぶことに特化したショルダーバッグやトートバッグが展示販売されている。Webサイトでも購入できるが、葉々社にいけば、現物が見ることができる。

お伺いしたときは、市ノ川倫子さんの写真展が行われていた。
文庫や単行本を持ち歩くバッグが販売されていた。便利そうなグッズ。

小上がりにあがって、書店を作った経緯を訊く

『葉々社』という店名は、編集者時代に取材で訪れた、青森の奥入瀬のブナの原生林が由来。葉の緑色が、同じ緑色でも1つ1つが違ったことが印象に残り、自分でお店をもったら「葉」という文字と、緑色の暖簾を掲げたいと思っていたそうだ。

本を購入すると差し込んでいただける栞。ロゴマークは、版画作家 平岡瞳さんにお願いして作った。

大阪出身の小谷さんが、東京の下町、梅屋敷に書店を作ったことが疑問だったので、そのことからお聞きした。「子どもたちが安心安全に過ごせること、自宅から自転車で通えること」を基準に物件を探し始めると、いちばん最初にいまの物件が見つかった。家賃を聞くと相場の半額で破格、サイズも10坪でちょうどよく、小上がりもあったので、初見で即決で決めた。小谷さんが思い描く、書店のイメージにピッタリ。「この物件以外は見てない」そうだ。物件見学のとき、オーナーさんに話を聞くと、梅屋敷には書店がなかった。それも決めた理由の1つ。葉々社の隣の物件は「仙六屋」という梅屋敷にあるカフェで提供されるアイスモナカの製造場があり、小谷さんがそのカフェに行くと、女性客4名がみんな本を読んでいた。梅屋敷なら本を読む人が多いかも知れないと、縁を感じた。オーナーには「ほんとうにこの街でいいのか、よく考えてください」と確認された。物件を見るためにはじめて訪れた土地だが、どんな場所であっても、やってみないとわからない。そんな気持ちで梅屋敷の地に書店を作ったそうだ。

版画のDMもかわいい。

お客さんの顔を思い浮かべながら仕入れする

今回は、小谷さんから書店運営の裏側も聞けた。小谷さんいわく「本の売上だけで生活できるほどは儲からないですよ(笑)。でも、全部1人でやり、書店以外の編集作業や、貸し棚をはじめ、物販、ギャラリーなどの収益もあります」。会社員時代の貯蓄と投資を切り崩し、並べたい本を日々選定し入庫している。「全部自分のお金でやりくりして、無借金経営です」とのこと。

書籍を仕入れるための取次は、仕入れ利率のよい会社を商品ごとに細かく選んでいる。また、直取引できる出版社も日々増やしている。インプレスも直取引する1社だ。「たとえば、この本の出版社はこの取次を使えば卸利率は○%……。最初は、エクセルで商品を1点ずつデータ化していたが、いまは頭の中に数字が全部ある」そうだ。2023年の出版全体の新刊は約7万冊。毎日200冊弱の新刊が出る計算だ。葉々社の蔵書は、約2,000冊。新刊の案内書やWebサイトを見ながら、葉々社に来てくれるお客さんの顔を浮かべ、「この本だったら、○○さんがきっと気に入ってくれるはず!」などと、お客さんとの距離が近い書店だからこそできる仕入れ方で、仕入れる本をプランニングしている。

新刊以外の本は、1冊単位で並んでいる。

全国の人にサイン本を届ける

葉々社の情報発信は主にTwitter。仕入れた新刊は写真を撮り、Twitterに上げる。Twitterで葉々社を知り、訪問する人も多い。ECサイトもあるが、直接店舗で買ってくれるお客さんのほうが今は多い。文庫や新書より、単行本を買ってくれるお客さんのほうが多く、定期的に訪問し、購入してくれるお客さんも増えているそうだ。

https://twitter.com/youyousha_books

院長がお客さんという縁もあり、近くの東邦大学医療センター大森病院での出張本屋も行っている。直近では、柴田元幸さん、岸本佐知子さんのサイン入り書籍など、販売する書籍に付加価値をつけた商品を扱うようになった。「本はコピー商品なので、近所の書店でもAmazonで買っても内容は同じ。葉々社で買ってもらうには、なにか理由がないと買っていただけない」。著者が書店を訪問してサイン本を作ったり、イベントとセットでサイン本を販売したりすることもあるが、「地方の人は、著者が訪問する書店に行ったり、イベントなどにはなかなか参加したりできないので、サイン本を気軽に手に入れることができない。オンラインストアを活用することで、そういうニーズに少しでも応えたい」。戦略家で行動力のある小谷さんなので、今後も葉々社で買う理由や、葉々社ならではの商品を用意してくれそうだ。

サイン本が積まれていた。これから1冊ずつ購入者に手紙を添えて発送するとのこと。

個人書店をやってみたい人に

小谷さんいわく、「自分で書店をやってみたい人がうちのお店に来てくれます。仕入れから販売、営業まで、包み隠さずお話しします」。大阪人で世話好きな小谷さんなので、今回の見学でも、数字も含めて全部教えてくれた。個人書店を開きたい人は、小谷さんに相談してみるのがよいかも。小谷さんも「自分も会社員時代、休みの日を使って、全国の書店を回り、店主にいろいろと話しを聞きました。そのネットワークは、いまも繋がっています。「書店だけでは儲からないので、メインの仕事をやりつつ、副業で、かつ複数人でやるのがよいかもしれません。僕のようにいきなり書店を作るのはおすすめできないです(笑)。初期投資の費用がけっこうかかるので」ともおっしゃっていた。

ブックカバーもかわいい。色は2種類用意されている。

葉々社にお邪魔して3時間が経ち、すっかり葉々社のファンになってしまった。一緒に訪問したスタッフは、小谷さんに本をセレクションしていただいた。個人書店のいろいろを満喫した。
全国にはさまざまな書店がある。我々編集者が作った書籍が、どのようなお店で、どう扱われるか……。自分たちの子どもの行く末を見守るように、今後も書店巡りの趣味は続きそうだ。