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書籍編集者・玉巻秀雄 穏やかな口調の裏に熱い思いを秘めた資格書の編集長【インプレス出版人図鑑】

インプレスの資格書とともに成長

―――玉巻編集長はインプレスに入社されて26年と伺いました。入社当時からインプレスはどう変わりましたか。

私がインプレスに入社したときは私以外の社員がパソコンオタクばかりで、最初は場違いな世界に入ってしまったのではないかと思ったものです。でもオタクって、自分の好きなことをとことん追求していく良さがありまして。そんな編集者の作る書籍が評価されて、会社が成長してきました。成長とともに会社の仕組みが整備され、社員の意識も変わりましたし、今ではいろいろな視野を持つ人材が増えてきたなと感じています。私の編集部に新入社員が入ることは少ないのですが、最近の新入社員を見ると、比較的自分のやりたいことがハッキリと見えている人が多い印象です。そういう人が成長できるチャンスが、インプレスにはあると思いますよ。

―――現在は資格対策書籍の編集部で編集長をされていますが、いつから資格書に関わっていらっしゃるのですか?

今年、インプレスは資格試験対策書の発売20周年を迎えましたが、私は最初の資格書が発売されてから2年ほどたって編集部に入ったので、足掛け18年ほど今の編集部にいることになりますね。資格書とともに成長してきた感じでしょうか。当時、資格書に強い版元が多く、インプレスの参入は後発だったので、すぐに存在感を出せるような状況ではありませんでした。でも後発には後発の戦い方があり、他の出版社がやっていないことを追求し続けて今があります。

インプレス資格書の柱は「徹底攻略」と「かんたん合格」

―――インプレスの出している資格書にはどんな種類があるんですか?

ITのほか宅建や危険物、アロマなどいろいろあるのですが、主力としては2つのシリーズがあります。

ひとつは『徹底攻略』というシリーズで、表紙が真っ黒なので『黒本』と呼ばれているITエンジニア向けの書籍です。もうひとつは国家試験の情報処理技術者試験用の対策書で『かんたん合格』シリーズです。どちらのシリーズも教科書と問題集があります。

『徹底攻略』シリーズは、シリーズ累計200万部を突破しています。このシリーズは問題集で高評価をいただいて浸透してきました。当時、ITエンジニア向けの資格対策書籍は、ほとんどが翻訳物でした。技術的な難易度に加え、翻訳独特の表現も相まって、読むのに苦労されている方が多かったようです。そこを日本人技術者による書き下ろしとして出版し、問題に対する解答だけではなく、解説を教科書並みに詳しく書くことで他社との差別化を図りました。問題を解きながら教科書を読んだような知識も得られるので「試験対策は黒本を徹底的にやり込めばいい」と言ってくださる方もいます。

『徹底攻略データサイエンティスト検定問題集[リテラシーレベル]対応』

一方『かんたん合格』シリーズは日本の国家資格試験の対策書です。このシリーズで扱う資格試験は、初学者が受検するITパスポートや基本情報技術者試験などです。黒本ほどテクノロジーに特化したものではないので、専門用語的な説明を控えめにして普段使いの言葉で内容を表現し、わかりやすさにこだわっています。
試験勉強には「誰にでも分かる言葉、短めの文章で、頻出の箇所だけをギュッと絞った」資格対策本が最も効率的だと思うんです。そこで、これだけ読めば合格の近道というエッセンスを詰め込もうと著者、編集者が毎年の傾向を分析し、頻出問題のチェックを繰り返しています。国家試験が終わって問題が公開されたら著者がすぐに解答をもとに解説を記述。過去の資格対策の積み上げと併せて、次の試験に挑まれる方のためにできるだけ早く出版をと考えて動きます。

この『かんたん合格』シリーズで扱う資格は、それぞれ出題傾向は年とともに変わっていきます。例えばネットワーク分野に関する出題が重視された時期もありましたが、最近はセキュリティの分野が重視されているといった感じですね。出題傾向を見ながら著者と編集者が話し合い、その年の資格対策本を作り上げていきます。もちろん競合も多いですが、他社の本が必ずしも最近の読者のニーズを汲み取れていない場合もあるので「うちはそこをよく考えていこう」と編集部で話しています。その甲斐あってか、大学の生協で大きく取り上げられたり、専門学校のテキストとして採用されたりすることも増えました。

『かんたん合格 ITパスポート教科書 令和4年度』

それと、IT系のニュースや技術の動向をチェックしていると、新しい資格検定も始まるのがわかります。基本的に受験者の多い資格を書籍化するようにしているのですが、『データサイエンティスト検定』や『G検定』のような、始まったばかりで受検者数が見えないものでも「これはかなり話題になる!」と思ったものは、積極的に書籍化に取り組むようにしています。

売上上位を継続中の『スッキリわかる』シリーズも担当


―――プログラミング入門書の『スッキリわかる」シリーズも玉巻編集長の編集部で作っているとお聞きしました。中でも『スッキリわかるJava入門』はインプレスの歴代書籍の中でも、上位の売上だとか。

『スッキリわかる』シリーズは2011年から始まった企画です。いい著者さんとの出会いがきっかけですが、当時インプレスにはJavaやC言語などプログラミングの入門書がなく、これは絶対うちでもやるべきだなと感じて企画を進めました。担当編集と著者さんがかなり時間をかけて作ったのが、一番はじめに刊行した『スッキリわかるJava入門』で、これが改訂を重ねて、いまでも一番売れています。「主人公が会社の先輩から学んで成長していくストーリー仕立てにし、それを読む読者も一緒に成長していく中で技術が身につくというのはどうだろう」。そんな著者さんとのやりとりからシリーズのスタイルが誕生しました。このストーリー仕立てがとても分かりやすいと評価を得て、「Javaが良かったから別の本も買いました」と言ってくださる方も多いです。プログラミングの知識のない主人公が、挫折しながら学んでいく……読者がそこに共感してくれているのではないでしょうか。

『スッキリわかるJava入門 第3版』

―――資格書やプログラミング入門書などをずっと編集されてきて、今の読者に求められているのはどんなことでしょうか。

昔から常に「わかりやすさ」を重要視してきましたが、今の読者にはこの「わかりやすさ」が、より大切な要素になっていると思います。特に『ITパスポート』などの入門系の資格の解説書は、以前より目線を下げて初学者に寄り添って解説していくように心がけています。

編集者に必要なのは「調整力」

―――編集長の担当する資格書籍の編集部はとても勢いがあるとお聞きしました。いろいろな個性を持った編集者を取りまとめる秘訣があったらぜひ教えてください。

編集部員は6人いるのですが、私は基本的に彼らのやりたいことを尊重するようにしています。編集長という立場にはいますが、私の思ったことが「絶対」とは言い切れないので、ある程度議論はしますが「あとは君の判断でいいよ」と伝えます。担当編集者が考えて「これでいける!」と直感したことは大切にしたいですから。

編集部で作っているのが資格対策書ですから、読者がその書籍で合格できたとき「この本で勉強してよかった、この本と出会えてよかった」と思ってもらえるかは大事です。編集者は誰もがそうですが、自分の作りたいものが一番いいと思いがちです。でも結局のところ、評価は「どれだけ多くの人が買ってくれるか」にかかってくるので、買ってくれた人の満足度をどこまで上げられるかということだけは見失わないようにと編集部では話しています。編集者のこだわりも大事ですが、こちらのほうが売れるなと思った場合は、こだわりを尊重しながら、問題やゴールを再確認していきます。多く売れたほうが、最終的には著者や編集者自身の評価も上がるし、みんなの利益になる。それは誰もが分かっているはずですから(笑)。

かくいう私も、昔は「自分の思った通りに全部完璧にやりたい」と思っていた時期がありました。でも、いくら完璧にやろうとしてもできないこともあって、何度も壁にぶつかってきたからこそ、余計にそう思えるのかもしれません。

―――編集者に必要なスキルは何だと思われますか?

ひと言でいうと「調整能力」ですね。どんな本でも1冊作るのに、社内・社外含めていろいろな人との協力がないとできないじゃないですか。とかく自分がその本のプロジェクトリーダーだからエライ、と思い込んでしまうことがありますが、それはちょっと違う。昔、先輩から「編集の仕事とは雑用の集積だ」と教わりましたが、それをこなすスキルが「調整能力」だと思っています。雑用と調整の結果、「この本を読んでよかった」と思ってもらえる本ができたら、それこそ編集者としての喜びだと思います。

―――お話を伺ってきて、穏やかな語り口の中にもゆるぎない信念をお持ちの編集長だなと感じました。資格対策本に込められた思いは、きっと資格の勉強に励む読者にも伝わっていると思います。今日はどうもありがとうございました。

インプレス出版人図鑑】は、書籍づくりを裏方として支える社員の声を通じて、インプレスの書籍づくりのへ思いや社内の雰囲気などをお伝えするnoteマガジンです。(インタビュー・文:小澤彩)
※記事は取材時(2022年5月)の情報に基づきます。