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【コダワリ #19】読書バカが薦める「ノンフィクション」2024年上半期ベスト5

「コダワリーノ、スキナーノ」は、こだわりのものや好きなことなどについて自由に語る場所です。19回目は、書籍編集の今村が「ノンフィクション」の書籍について語ります。


書籍編集者の今村です。趣味は読書です。
好きで本を読み、好きで本を作る仕事をしているので、人生そのものが「読書」になってしまいました。こういう人は、皮肉と愛情を込めて「読書バカ」とでも呼んでください。
近年はノンフィクションを好む傾向にあり、2023年はこのジャンルで100冊読了し、2024年に入っても同じペースが続いています。
ある程度、このジャンルに詳しくなったので、今回はここ半年で読んだ50冊のノンフィクションの中から、万人が楽しめる、読んで損しないオススメの5冊を選んでみたいと思います。

選書ルール

「ノンフィクション」といっても、幅広いです。
「虚構(フィクション)ではなく、事実をもとにして創られたコンテンツ」と簡単に定義してみても、それがカバーする領域はとてつもなく広く、詩や小説、絵本を除くすべてのジャンルの書籍が入ってきてしまいます。
「オススメのノンフィクション!」と言われて、ビジネス書や英会話の本を薦められても、なんか違う気がしますよね。
また、ヴィクトール・フランクル『夜と霧』(原書は1946年刊)みたいな「ザ・名著」を薦められても、「今すぐ読むのはちょっと……」と困惑するに違いありません。そこで、以下の選書ルールを設けることにしました。

1.あるテーマを追究するために、徹底した取材、フィールドワーク、文献調査などをもとにして書かれた本
2.言葉の力だけでそのテーマを現前させ、読者を納得させる本
3.日本人の著者が書いた本
4.ここ2年間に発売された比較的新しめの本(2022年~2024年刊行に限定)
5.大学生が読んでも「面白い!」と思ってもらえる本


1.によって、私的な体験記やエッセイを除外できます。
2.によって、「ビジュアル要素」「結論」「解答」などを提示しないと成り立たない(読者を納得させられない)本を除外できます。
3.によって、あらかた翻訳書を除外できます。
4.によって、「ザ・名著」を除外できます。
5.によって、特定の読者層だけにターゲティングされたハウツー本などを除外できます。
これらの条件で絞り込むことで、「『ノンフィクション』2024年上半期ベスト5」と題した記事で、良書とはいえ、うっかり『キレイはこれでつくれます』(MEGUMI)を取り上げるような、タイトルとのミスマッチを回避することができます(1.はある程度合致しそうですが、2.にはあたらないと思う)。
なお、ベスト5といっても、おこがましいので順位は付けません。

1冊目『ある行旅死亡人の物語』

身元不明、引き取り人不明で行き倒れた死者を指す「行旅死亡人」に焦点を当て、ある女性が遺した数々の謎を追う、ミステリー仕立てのノンフィクションです。
警察も探偵も解明できなかった身元調査を2人の記者が粘り強く、時に生前の死者の人生に思いを馳せながら、徐々に解明していくさまが記録されています。
多くの謎は残されたままですが、行旅死亡人の名前と半生を取り戻す取材過程が抜群に面白かった。
共著者は共同通信大阪支社社会部出身の記者で、どちらも1990年代生まれ。読了後にネット検索したら既に退職している方もいるようですが、通信社の取材力、筆力ってすごいな!と感嘆すると同時に、若手記者が手がけたものだというから、なおさら驚かされます。
今の社会を動かしているのは間違いなくこの世代だな、と思わされた1冊。

2冊目『いまだ成らず 羽生善治の譜』

羽生善治の棋士としての人生を、ライバル棋士、新聞記者、元奨励会員、将棋クラブのオーナーなど、さまざまな視点から描いた群像劇。
15歳でプロ入り、25歳で七冠制覇、47歳で永世七冠達成、51歳で順位戦B級落ち、52歳で藤井聡太戦で敗北……という羽生の栄枯盛衰を縦軸に、米長邦雄、豊島将之、谷川浩司、森内俊之らトップ棋士との対局を横軸にして、昭和・平成・令和を代表する棋士たちの智と業を鮮やかに描いています。
著者の鈴木忠平さんはスポーツ系ジャンルで名を馳せましたが、将棋の世界をここまでリアルに再現できることにファンとして驚きました。
特に本作は、過去作品に比べて、より物語をドラマチックに描くための戦略――プロットの高度な練り込み、三人称視点による群像劇の採用など――が張り巡らされていると感じます。
早くNetflixでドラマ化してほしい、と願う読者は多いのではないでしょうか。当然ですが、将棋がわからない人でも楽しめるように書かれています。

3冊目『黒い海 船は突然、深海へ消えた』

2008年、太平洋で停泊中の中型漁船がなんらかの理由で沈没し、17名が犠牲になった未解決事件の真相に迫った書籍。
刊行後、立て続けに4つの賞を受賞してしまった、識者もうなる高評価のノンフィクションなので、当然ですが「面白い!」。粘り強く広範囲に取材を重ねていった結果、次第に点と点が結びつき、やがて事件の真相ともいうべきある仮説にたどりつく……この過程が慎重な筆致ながらも、実にスリリングに描かれています。
私はこれを読んで、小説家の吉村昭が「日本の漂流記(つまり海難事故をテーマにした記録)は、同じ島国である英国の『ロビンソン・クルーソー』にあたるような海洋文学だ」といった発言をしたことを思い出しました。
本作の真相はまだ仮説の検証段階なので、今後さらに検証が進み、説得力のある仮説に育てることができたなら、同じ著者から日本を代表する海洋文学が誕生するかもしれません。

4冊目『母という呪縛 娘という牢獄』

医学部受験のため9浪し失敗した娘が同居する母親を刺殺、死体損壊、遺棄した事件の裁判記録や獄中の娘と交わした往復書簡、LINEの履歴などから、なぜこのような事件が起こってしまったのかを丹念に描いたノンフィクションです。
タイトルにあるように、母親の娘に対する呪縛、まるで獄中で過ごすかのような娘の生活や葛藤が、主に娘の視点から描かれています。これは読んでいて、精神的にかなりキツイです。
なにしろ「牢獄」にたとえた娘の生活を紙上で再現しているのですから、読者もそれを追体験することになるわけです。……ですが、逆に母親の「モンスター」ぶりがエグすぎて、なぜそれほどまでの仕打ちを受けながら娘が我慢し続けたのかが気になって仕方がなく、ページをめくる指が止まりません。最後、娘が罪を認めるシーンには思わず胸を打たれます。

牢獄の中の「人間としての最後の自由」を考えてみよう

親子、家族のあり方を深く考えさせられる1冊でしたが、読後時間が経つにつれ、私たちの身のまわりには、大なり小なり「呪縛」や「牢獄」があふれていることに気付かされました。
親子、家族、夫婦、恋人、友人、近所付き合いから所属する会社組織、日本という国家の枠組みに至るまで、私たちの意識や行動を縛り、封じ込めようと作用するものが無数に存在していることに、皆さんも思い当たるのではないでしょうか。
私たちはそれらの関係性の中で、時に怒り、傷付き、絶望し、笑ったり泣いたりして、かろうじてバランスを取りながら日々の生活を送っています。なぜ、そうしたバランスを取れるのか? と考えたとき、私は冒頭で触れた『夜と霧』の一節を思い出しました。
それは「人は強制収容所に人間をぶちこんですべてを奪うことができるが、たったひとつ、あたえられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない」というものです。
私の解釈ですが、「人間としての最後の自由」とは、「価値に基づいて選択する自由」と言い換えることができると思っています。「価値」とは、かみ砕いて言うと「生きるに値するもの」を見いだすことです。
強制収容所の中で、ヴィクトール・フランクルが見ていた価値は、妻への愛と医師としての務め(他者を助けること)だったと思います。
私たちが与えられた環境の中で、すべてを台無しにしてしまうような最悪の選択をせず、バランスを取って生きていけるのは、この「価値に基づいて選択する自由」を発揮しているからではないでしょうか。
そう考えると、母を刺殺した娘は当時、「生きるに値するもの」を放棄してしまっていたのかもしれません。そして、罪を認めたときの娘には、「生きるに値するもの」の何かが見えていたのかもしれません。
最悪の選択が下された母娘の物語ですが、かろうじて救いの光が見えるのは、その変化があったかもしれません。

5冊目『イラク水滸伝』

これまで紹介した4冊と比べると、最も作家性のある作品です。
なにしろ著者は早大探検部在籍時に、コンゴ奥地に棲息するという幻の怪獣(UMA)発見のために現地調査に乗り出し、そのまま作家デビュー、以後30年以上世界を旅し、数々の名作を世に送り出してきた筋金入りの冒険家であり、辺境作家であり、ノンフィクション作家であるからです。
そんな高野さんが今回挑むのは、イラク南部に広がる「アフワール」と呼ばれる巨大湿地帯。権力に抗うアウトローや迫害されたマイノリティが逃げ込むアジール(避難所)として知られ、1990年代までは反フセイン勢力の拠点であったとされています。
高野さんは、そんなアフワールを同じくアウトローが湿地帯に逃げ込んで拠点を作り、宋代の政府軍と戦った『水滸伝』になぞらえつつも、そこが人類最初の文明が誕生した地であることに着目、つまり人類最古の「元祖・水滸伝」がいまだ存在しているらしい! ということに、激しく胸を躍らせるのです。
そして、実際に2018年~2022年にわたり、3回の長期取材を敢行。アフワールの人々、食事、生活、宗教、文化の種種相をつぶさに見て回り、記録していきます。
行き当たりばったりに近いブリコラージュ的な取材に見えますが、この手法と独自の表現によって高野さんが偶然体験する出会いや発見が、そのまま読者の出会いや発見として追体験されるところが素晴らしい。
あたかも一緒に巨大湿地帯を巡っているような、時空を超えた読書体験ができるのが本書の醍醐味です。旅行や世界史が好きな人なら、より楽しめるのではないでしょうか。

まとめ:読書はコスパ最強のエンターテインメント

これまで紹介したどの本も丹念な取材をもとに裏取りをしてから書かれている「ノンフィクション」なのですが、読者それぞれが、その言葉の枠に収まりきらない強烈な体験をし、ともすればその後の人生に影響を与えてしまうかもしれないくらいのインパクトを持っています。
本を通して読者は、事件の当事者となって信じられないような体験をしたり、歴史上の人物になってみたり、真相を追究する過程に居合わせたり、誰も行けないような危険地帯に足を踏み入れたりします。
こんなすごい体験ができるコンテンツは他にあるでしょうか? いったい、本とはなんなのか? 読書とはどういう体験なのか? 1冊2000円程度で、これほど豊かな体験ができる読書ってめちゃくちゃコスパの高いエンタメだな! と思わずにはいられません。
皆さんもぜひ、本の力を信じ、その世界にどっぷりと浸ってみてください。本稿がそのための一助になれば幸いです。


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