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【編集者の書棚から】#本好きの人と繋がりたい Vol.16


出版社は本好きの集まり。この「編集者の書棚から」では、毎回2~3人の社員が、いち読者として最近手に取った書籍を紹介していきます。「書棚を見ればその人がわかる」とよく言われるとおり、インプレス社員の人となりが垣間見えるかも(?)なマガジンです。今回ご紹介するのは、『夏への扉』と『大菩薩峠』の2冊です。



昨日より今日、今日より明日。過去より未来をよくしていこう、と改めて思える本

ここ数年コツコツ続けているマイブームが、世界の名作を読むこと。名前は知っていても読んだことが無い本、映画やドラマは見たけれど原作は読んだことがない本。そういった本を片っ端から集めて読んでいます。読めば読むほど「なんか教養深くなった気がする」という気分になれたり(笑)、今あるコンテンツがどれだけ過去の名作をオマージュして作られているかがわかるようになるので楽しいです。

そんな中、この夏手に取ったのがこの1冊。映画化もされておりご存じの方も多いかもしれませんが、アメリカSF小説の名作で、タイムトリップ系の物語の元祖です。主人公であり発明家のダンが、タイムマシンと冷凍睡眠というタイムトラベル方法を組みあわせて過去と未来を行き来し、自分の運命を変えていく物語。序盤では、ダンは親友と恋人に裏切られた上、発明したロボットの技術を奪われる……とふんだりけったりだったものの、トライ&エラーを繰り返し、奪われたものを取り返していく姿は読んでいて気持ちがよく、勇気が貰えます。

印象的だったのが、ダンが盗まれた自分の発明を取り戻すべく、タイムリミットに迫られつつ夜な夜な開発に取り組むシーン。「未来はいずれにしろ、過去にまさる。誰がなんといおうと、世界は日に日に良くなりつつあるのだ」という台詞を象徴として、ダンは常に明るい未来を信じる強さがあります。昨日より今日、今日より明日をよくしていこう。現在は過去の積み重ねとはいいますが、自分もこんな姿勢で日々の仕事や生活に取り組みたいし、改めて毎日のPDCAをしっかり回さねばと思いました。

ちなみに物語内でキーとなる「冷凍睡眠」というタイムトラベル技術ですが、戦争で兵士を冷凍して必要なときに解凍して使うための技術として作られた、という設定。末恐ろしすぎる……。こういった細かな設定も面白い部分が多く、おすすめの1冊です。(編集部・前田菜々子)


読めば徳が積めるかもしれない仏教小説『大菩薩峠』

2020年に読み始めて以来、中断を挟みながらいまだ読み終えていないのがこの『大菩薩峠』です。青空文庫版で全41巻中、いま36巻を読んでいる最中です。読破していないものをこの【編集者の書棚から】で取り上げることは妥当ではないかもしれません。そもそもこの小説は連載途中で作者である中里介山が亡くなり、真の読了は願っても叶いません。

介山が『大菩薩峠』の連載を開始したのは、1913年の9月12日。今からちょうど111年前のこと。ちなみに連載開始の2週間前には木曽の駒ケ岳で中学生と教員合わせて38人が遭難するという悲惨な事件がありました。その事件は新田次郎が『聖職の碑』として小説化しており、こちらもおすすめです。さて話が逸れましたが、『大菩薩峠』の連載は介山が冥途へ旅立つ3年前の1941年まで続きました。世界最長の小説を目指したその長きにわたる執筆活動に思いを馳せて、拙筆ながらこの書棚に収めます。

江戸時代末期、甲州と武州の国境である大菩薩峠。甲斐路から幼子とともに巡礼にやってきた老翁。休んでいたところ、峠のお堂の陰に潜んでいた武士、机竜之助に突如として一刀両断に斬り捨てられる。そんな不条理極まる場面から物語は始まります。以降の展開が気になったら本書を読むかWikipediaであらすじを読んでください。話は甲州や武州を中心に南へ北へ、陸から海へ。個性溢れる多くの登場人物たちに実在した人物を絡ませながら文字通り縦横無尽に物語は広がっていきます。

この小説は、冒頭に「人間界の諸相しょそう曲尽きょくじんして、大乗遊戯だいじょうゆげの境に参入するカルマ曼荼羅の面影を大凡下 だいぼんげの筆にうつし見んとする」とあるように、仏教世界を創作のなかに著したものです。夜ごと彷徨さまよ無明むみょうの辻切り、酒乱で胡乱貪婪うろんどんらんの悪徳旗本、叶うかわからぬ仇討ちにすべてを注ぐ若き侍、名家に生まれながら顔に火傷を負い常に覆面を外せぬ娘、太平楽を並べた貧乏医者、などなどの一癖も二癖もある登場人物たちが時代や因果を背負いながら、時に邂逅し時に離別し、いつ果てるとも知れぬ旅路をゆく。

介山の遒勁しゅうけいな筆致と史学や国学などに基づく精緻な描写は、読むものをいつの間にかその世界に引き入れます。派手な場面はまったくありません。でも続きを読まずにはいられない。登場人物たちは果たして光明で照らされるのか、私はどこに連れて行かれるのか、残り少ない巻をひもとくのが楽しみです。(編集部・田淵 豪)