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【編集者の書棚から】#本好きの人と繋がりたい Vol.18

出版社は本好きの集まり。この「編集者の書棚から #本好きの人と繋がりたい 」では、毎回2~3人の社員が、いち読者として最近手に取った書籍を紹介していきます。「書棚を見ればその人がわかる」とよく言われるとおり、インプレス社員の人となりが垣間見えるかも(?)なマガジンです。今回ご紹介するのは、『地面師たち』新庄耕 著(集英社文庫)と『わたしたちは、海』カツセマサヒコ 著(光文社)の2冊です。


ハラハラドキドキなエンターテインメント

Netflixでドラマ化したことで、おそらく多くの人が目にしている(若しくは読んでいる)書籍だとは思いますが、「最近手に取った書籍」というと帯に写るトヨエツに惹かれて手に取ったこの本なので、、紹介します(もちろん、小説にトヨエツは登場しません)。
物語は、「地面師」と呼ばれる不動産詐欺集団が、市場価値100億円という前代未聞の土地をターゲットに詐欺を行うというもの。

まず、巨額詐欺のわりに、その手口が土地の所有者を装う「なりすまし」と書類の偽造であることに驚く。「なりすまし」といえば、IT関連の書籍を編集する中で「他人のIDとパスワードを盗んで~」という解説は何百回と読んでいますが、今のこのデジタルな時代にリアルな「なりすまし」って! 流石にそんな古典的な手口に大手デベロッパーが騙されるなんて小説の中だけ?と思い調べてみると、この物語は2017年に実際に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」をモデルにしていて、その事件では積水ハウスが55億5千万円の被害に遭っていることがわかりました。

不動産取引がアナログなせいもあるような気がしますが、様々な理由により地面師を見破るのは難しいようです。
そんな不動産業界の闇について考えさせられる社会派小説(?)なのですが、登場人物達の設定もそれぞれ個性があって面白い。特に地面師集団のリーダーである(ドラマではトヨエツが演じている)ハリソン山中の不気味さはなんともクセになります。

主人公は地面師集団の一員である拓海という男なのですが、地面師になるまでの悲惨ないきさつや犯罪に手を染めていく過程での葛藤には心を打たれます。物語の終盤では、地面師がなりすました偽の地主と本物の地主が鉢合わせ?など、スリリングな展開が続きますが、つい主人公(犯罪者側)の成功を祈っている自分がいました。
ハラハラしながら一気に読めるエンターテインメントを楽しみたい方におすすめです。(編集部・千葉加奈子)


人生について、少しセンチメンタルな気持ちにさせる一冊

私は海が好きです。
船が行き交う地元の海も、何人をも拒むかのようにごうごうとうねる日本海も、きらきらと輝く穏やかな瀬戸内海も。一瞬たりとも同じ表情を見せずにいて、しかしながらどの海も同じ海でありつづけてくれる、そんな海が好きです。

その海好きの私が、タイトルと表紙の色使いだけで手に取った本が、今回紹介します『わたしたちは、海』です。大変失礼ながら存じ上げなかったのですが、著者のカツセマサヒコさんはデビュー作の『明け方の若者たち』が大ヒット、映画化もされた、人気作家とのことです。余談ですが、自分の直感で購入した作品(あるいは作家)が世間でも人気であると後から知ると、嬉しいような悔しいような複雑な気持ちになります。

さて、肝心の本の紹介をしていきます。この本は海の街に暮らす人たちの、それぞれの人生を切り取った短編集です。逃げるように移り住んだ街で昔の恋人に再会した男。同級生の埋めたタイムカプセルを掘り起こしにいく小学生。旅行帰りに迷子を見つける小学校教員と保育士。打ち上げられた鯨と、死にゆく友人。
各話の関連性はあったりなかったり、共通項は「海」だけ。登場人物たちの生活が穏やかに優しく紡がれ、それぞれが波のようにゆるやかに連なる、全7編の物語です。

7編の中でも特に好きだったのが「鯨骨」という話です。浜辺に打ち上げられた鯨の死骸から感じた圧倒的なスケールの「生」と、友人の死によってまざまざと突きつけられた自分の「生」を重ねて描いた物語。「海は、この星の涙の、行き着く先かもしれない」という言葉とともに、友人の遺骨を海に散骨する場面で幕を閉じます。

私はずっと自分の人生について、連続性と不連続性を同時に感じ続けています。幼いころに感じた迷子の孤独感も、小学生の冒険心も、学生時のやわらかな心も、つい昨日のことのように鮮明に記憶しているのに、それでいてそれぞれが違う人間であるかのような感覚すら覚えます。
しかしながらこの短編集での各話の人生と「海」のように、点と点が繋がっていないように感じても、ゆるやかな波のような結びつきがあれば、それは違和感とは違うのかもしれないなと思うなどしました。人生も同じく「一瞬たりとも同じ表情を見せずにいて、しかしながらどの海も同じ海でありつづけてくれる」のであれば、悪くないかもしれませんね。

よくわからないことを書き連ねてきましたが、読後に海を見に行きたくなることは間違いなしです。海で感傷に浸るもよし、大はしゃぎもよし、何もせずともよし。
海の街に暮らす人も、海なし県の人も、ぜひ一度読んでみてください。
※作中に出てくる「鯨骨生物群集」について興味を持たれた方は、新江ノ島水族館の展示をおすすめします。(編集部・依田 駿)


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